あんみつ番外編



陽射しの強い休日。いつもなら部屋でパソコンを見つめて一日過ごすけれど、今日はどういうわけか駅前の喫茶店でココアを飲んでいる。待ち合わせの時間に遅れるというメールがきたのはつい先ほど。きっと走ってくるだろうが、それでも時間に余裕がある。持っていた本を開いて読み始めれば、意識はすぐに持っていかれた。



「なまえさん」

急に聞こえた、私に向けられた声に顔を上げる。振り向けば財前くんが申し訳なさそうな顔をして立っていた。時計を見るとすでに三十分が経過していた。ココアは氷が溶けて色が薄くなっている。

「お、おはよー」
「おはようございます 待たせてすみません」
「ううん、のんびりしてたから大丈夫 …いこ?」
「はい」

ごくごくとココアを飲みきってお店を出る。太陽は更に空に上り、少し前より気温も高くなっている気がする。

「相変わらず読書家ですね」
「うん 財前くんは、やっぱり雑誌だけ?」
「…この前、なまえさんが好きって言ってた小説は買いました まだ読み終わってませんけど」
「本当!?」

思わず手を取って立ち止まると、財前くんは驚いたように目を大きくしてそれから優しく笑った。手を繋いで歩き出した財前くんの横顔はさっきよりも楽しそうだ。私も、財前くんが私の影響で本を手にしてくれたことが嬉しくてにやにやと笑っていた。

「なまえさんが考えてることが少しわかりましたわ」
「え?」
「本読むと世界が広がる気がします」
「でしょ!そうなの!」

私を見て笑みを深めた財前くん、なぜかポンポンと頭を撫でてくれた。好きなことの話だとテンションが上がっちゃうのは悪い癖かな。改めて手を繋ぎ、目的地に向かい歩き出した。



ショッピングモールに行って楽器屋さんや雑貨屋を回った後、カフェでケーキを食べた。二人で出かけるのにも慣れて人混みで手を繋ぐのとか間接キスとか、今まで緊張してできなかったことができるようになって一人で感動していた。歩道を歩いててぶつかりそうになったら庇ってくれるのも、今まで誰とも付き合ったことのない私には新鮮過ぎて、幸せ過ぎて。始終緩んだ顔をしていたら財前くんに笑われてしまった。

「他どっか行きたいとこあります?」
「私はどこでも良いよ 財前くんは?」
「…歩くのも疲れましたし、俺ん家きません?」
「えっ!?…い、行きたい、です」
「ん、来てください」

サラッと言ったように見えて、私を見る目が不安そうなのが分かっちゃうんだ。赤くなって頷けば安心したように笑って歩き出した。私だけじゃなくて財前くんも緊張するんだと思うと無性に嬉しくなる。
いつもより明るく見える景色の中を電車が走っていく。財前くんの家までの道ももう覚えちゃったな。そういえば前によく家出しているって言ってたけど、私と付き合ってからそういう話聞いてない気がする。家にも普通に誘ってくれるし、…あれ、でも、財前くんの家族に会ったことないかも。

「お邪魔します」
「どうぞ …なまえさん?」
「え、あ、いや…財前くんのお母さんとか、見たことないなって思って」
「ああ 働いてるんであんま家にいないんスわ」
「そっか じゃあ寂しいね」
「…普通は、親いないと寂しいもんスか?」
「うーん、どうだろう… 私は寂しがり屋だから喧嘩することがあってもやっぱりお母さん達がいないとダメだけど、男の子だとそうでもないのかな?人それぞれだから、変に気にしない方が良いと思うよ?」

なんだかショボーンとしてしまった財前くんの頭に手を伸ばして撫でると、ぎゅっと抱きしめられた。最近財前くんのスキンシップが増えている気がする。私も触れ合うのは好きだけど、財前くんは急にくるから驚くんだよね。ぽんぽん背中を叩いていれば後頭部を押さえられ、今まで数える程しかしていないキスをされた。だから、なんで君はこんなに急なの!

「なまえさん、俺なまえさんが彼女で本当に良かったです」
「…こっちのセリフですけど」
「なら良かったッスわ」

ニッといつものように笑った財前くんはパソコンの電源を入れた。せっかくだし生放送しましょうよ、と言った彼に、伴奏付きで一曲歌わせてほしいとお願いした。

「一曲と言わずに好きなだけ歌ってください」
「みんなに良いって言われたらね」
「ダメっていうやついると思ってるんスか?」

マイクをセットして、見慣れた画面を前に声を出せばあっという間にコメントがくる。"リア充放送かよ!"というコメントを見つけた財前くんが笑って指を絡めてきた。ああもう、これだから、この場所が大好きなんだ。



「非リアは帰って、どうぞ」
「こら善哉くん どうもこんにちはHNです こっちは善哉くんです 時間ある方はぜひゆっくりして行ってください」
「とりあえずHNさんが歌うんで静かに聴いててください」
「いっぱいコメントくださいねー」

"非リアだけど残るわ"
"言ってること真逆かよwww"
"HNさんも善哉Pとくっついてから生放送増えてきたなー"



"88888888888888888888"
"めっちゃ良かった"
"相変わらず綺麗な声だな"

「ありがとうございましたー じゃあちょっとおしゃべりね 善哉くんなんかある?」
「俺しゃべんの苦手なんで良いッスわ コミュ症のくせにこういうとこだと大胆なHNさんがどうぞ」
「…喧嘩売ってる?」
「HNさんの怒ってる顔も好きですわ」
「聞いてる人たちに善哉くんの顔見せてあげたい すっごい真顔だから、怖いくらい」
「俺はいつでも真剣ッスわー」

"本気で言ってんだろうなあ…"
"ダウト!"
"相変わらず仲良いな"

「あ、そういえば この前光速と侍さんとまた四人で生放送しようって言ってたじゃん」
「ああ、そんなことも言ってましたね 俺はしたくないですけど」
「そんなこと言わないでー 今度の土曜部活休みなんだって もし予定なかったらどうかな?」
「…あー」
「えっ、予定ある?」
「HNさんと一緒にいたいです」
「……、ば、ばか」
「ありがとうございます」

"あーーーーーー"
"HNさんのばかいただきましたー!!!"
"なんだこれ!?甘!!!!"

「ほら、HNさんのせいでコメントの嵐」
「善哉くんのせいだもん!もう知らないっ」
「HNさん、おいで?」
「…ずるい、卑怯だ、善哉くんのアホ」
「はいはい いい子やから悪口言わない」
「子供扱いしないでよ!」

"世のリア充は毎日こんな生活送ってるの?死ぬの?"
"HNさんが天使すぎるのだが"
"善哉P丸くなったなぁ…"

「あ、もう時間少なくなってきましたよ」
「本当?じゃあなんか一曲歌おうか」
「じゃああれ、先輩に片思いの」
「…この前気づいたんだけど、あれ、もしかして私のこと?」
「ああ、そうですけど」
「やっぱり…」
「HNさんのこと想って作った曲結構ありますよ?」
「そうなの!?全然気づかなかったよ…」
「…あ、放送終わったら一個内緒のこと教えてあげます」
「なにそれ!じゃあさっさと歌っちゃおう!」

"!?俺たちにも慈悲を!"
"内緒気になる!!!"
"なんで放送で言ってくれないんですか!"

「彼女だけが知ってれば良いことなんで」
「か、彼女…」
「そろそろ彼女って単語に慣れましょうよ」
「だって嬉しいんだもん」
「…はい、曲いきますよー 3.2.1」

"くそ!内緒気になる!"
"HNさんの歌声大好きです!!"
"善哉P照れるなよww"
"善哉P私たちにもデレを!"



「…で?内緒のことって?」
「俺、謙也さん達になまえさんのこと紹介される前から、なまえさんのこと好きでしたよ」
「え?…え!?ど、い、いつから?」
「入学してしばらくしてくらいから?」
「そんな前!?なんか接点あったっけ?」
「何回かすれ違ってて、一回だけ話したこともあります」
「…覚えてない」
「そりゃ、印象に残るような会話じゃなかったですし」
「うう…ごめん」
「今一緒にいてくれてるんでなんの問題もないッスわ」
「…もっといっぱい思い出作ろうね」
「もちろんです」

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