※暗密で謙也落ち



「俺、名字のことが好き」

目を大きく見開いて瞬きを繰り返せば、謙也は徐々に顔を赤くして、それでも目をそらさなかった。謙也が、私を好き?

「好きって、その、」
「友達としてとちゃうからな」
「デスヨネ」

どうしよう、謙也が私を好きだなんて、考えたこともなかった。混乱しながら謙也のことを見続けていたら、謙也がブワッと目に涙を浮かべた。今にも零れそうなそれに咄嗟に手を伸ばして拭ってやれば謙也はポカンと口を開けて驚いている。あなたより驚いているのは私だからね、なに男の子のくせに泣いてるの。

「す、すまん」
「良いけど…なんで泣くの」
「…だって、絶対振られるって思うから」

こんな時でも、いや、こんな時だからか。謙也のヘタレは健在で、自信なさげに揺れる目が可愛くてしょうがなかった。涙を拭った手を少し動かし謙也の頭を撫でると不思議そうな顔をしつつもされるがままになっていた。

「私、謙也のこと好きだよ」
「…え?」
「まだキスとかは想像できないけど、謙也優しいし、一緒にいると楽しいし」
「え、え、それ、どういう…」
「付き合ってください」

嘘、と言うように口を動かした謙也はバタンと布団に倒れこんだ。あー、恥ずかしい。これは恥ずかしい。生まれて初めて告白されたし、生まれて初めて告白したよ…。寝転んだままの謙也の脇腹をつつくと奇声をあげ、その後すぐに幸せそうに笑い声をあげた。



今までも休みの日に遊んだりお互いの部屋に行ったりしていたから付き合い始めたからといって変わったことは特になくて、時々帰り道で手を繋ぐくらいだった。だけどそれでも謙也には大きな一歩らしく、初めて手を繋いだ時は明らかに挙動不審になって面白かった。

「謙也は分かりやすいよね」
「よく言われるわ」
「顔もだけど雰囲気が変わるんだよ 嬉しい〜って伝わってくるもん」
「え、いつ」
「いつも あ、この前のは分かりやすかったよ 私が謙也の彼女って言った時」
「あ、あ、あれは…!」
「真っ赤で恥ずかしそうなのにめちゃくちゃ嬉しいオーラ出してた」
「…ほんまに嬉しかったから」
「あーもう!可愛いなあ!」

わしわしと頭を撫でてあげると謙也はまた、例の嬉しいオーラを出してきた。
"私が謙也のこと彼氏って言った時"とは、先週蔵ノ介くんの家に行った時のことだ。付き合い始めてすぐに蔵ノ介くんにはそのことを言っていた。隠す必要もないし、二人ともとてもお世話になっていたから。せっかくだから二人でコラボをしたらどうかという蔵ノ介くんの提案に乗っかり、私の歌を撮りに蔵ノ介くんの家にお邪魔した週末。初めて蔵ノ介くんの家族に会ったのもその日だった。



「クーちゃんの彼女さん?」

可愛らしく首を傾げた彼女は髪を揺らしながらそう聞いてきた。一瞬何を言っているのか分からず答えにつまった私の代わりに蔵ノ介くんが「ちゃうわ」と言った。…クーちゃんって、もしかして蔵ノ介くんのこと?

「蔵ノ介くん?」
「ん?」
「クーちゃん…?」
「え、あ、そうそう 友香里は昔っから俺のことそう言うんよ」
「えっと、妹さん、だよね?」
「ん ほら友香里、自己紹介」
「クーちゃんの妹の白石友香里です!クーちゃんがいつもお世話になっています」
「あ、こちらこそいつもお世話になってて… 私は名字なまえです えっと、…こっちの、謙也の彼女です」
「ええ!?謙也くんの彼女さん!?」
「ほら友香里、もう友達んとこ行くんやろ」
「あ、せやった あの、なまえさん、また今度お話しましょ!」
「うん 私で良かったら」

急いで家を出て行った友香里ちゃんがいなくなったあと、微妙な沈黙ができてしまった。チラッと後ろを見れば、謙也が耳を真っ赤にしてしゃがみ込んでいた。蔵ノ介くんが「先上行くな」と言って階段を上がっていき、玄関で謙也と二人きり。

「…けーんや」
「なん」
「照れてる?」
「…照れるわ、あほ」
「私謙也のそういうところ好きだよ」

謙也の前にしゃがみ込んで顔を上げさせれば、好きだと言うような目で真っ直ぐ見てきた。嬉しくて笑えば、謙也もにこっと笑った。幸せだなー、なんて。



「そういえば!」
「ん?」
「私の名前知ってる?」
「は?名字なまえやろ、なに言っとるん?」
「謙也、私のこと名前で呼んでよ」
「…え む、むり」
「なんで?」
「…なんでも」
「えー」

ぷくーっと頬を膨らませると、謙也は慌てて何か言おうとしたが、パクパクと口を開閉をするだけで何も言わない。…言い訳くらい言ってこいよ。そっぽを向いて拗ねてるアピールをすれば私の手を掴んできた。

「恥ずいっちゅーか、慣れてないっちゅーか…」
「私だって最初は忍足って呼んでたよ 謙也が、謙也って呼んで良いって言ったから名前で呼ぶようにしたの」
「分かってる ……、…あー!言えん!」
「なんでよー!」
「練習してくるから待っとって!俺やって名前で呼びたい!」

涙目になってぎゅーっと手を握るその姿に免じて、今日のところは許してあげよう。私も謙也って名前呼ぶ時少し緊張したなんて絶対教えてあげない。

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