「ノート回収するので教卓に出してくださーい」
私の声に反応してクラスメイト達がパラパラとノートを提出していく。授業はこれで最後で今日は担任が出張だから帰りのHRもない。仲良しの人たちで集まって教室から出て行くところをぼーっと見てから、目の前のノートの山を見る。教室にはもう数人しか残っていない。よっと小さく声を出してノートを持ち上げ鞄を置いたまま教室を出た。職員室までの廊下がなぜかとても長く感じた。
「失礼しました」
軽く礼をして職員室を出る。他のクラスもHRが終わったのか、廊下はたくさんの人がいた。人の流れに逆らって教室に向かい、ドアのガラスから見えた教室の中に驚きつつ一歩踏み入れる。
「…やっときた」
「え、私待ってたの?」
「あんた以外誰を待つと思ってるん?」
「…トモダチとか」
「あんたのこと待ってた」
「お、お待たせしました」
「ん 早く鞄持ち 帰るで」
「あっ、うん」
急いで机にかかっている鞄を手に取る。財前くんは後ろの扉を今にも開けそうなポーズで待っていた。相変わらず、彼のタイミングは掴めない。一緒に帰るなんて、あんまりしたことないじゃん。
「…なんか言いたいことあるみたいやけど」
「そん、な、ことないよ、うん」
「怪しすぎるわ」
「財前くんもね」
財前くんの隣に立って見上げると、彼は少し笑って目をそらした。誰もいない教室に二人だけってなんだかいつもよりドキドキする。
ガラッと大きな音を立てて開いたのは教室の前の扉。クラスメイトが何か口ずさみながら入ってきて、私たちの存在に気づいた途端驚いたように目をまんまるくした。
「忘れ物?」
「ああ、せや …えっと、名字達は?」
「…もう、帰るところ」
「そっか …んなら、俺は、お先に?」
「うん じゃあね、また明日」
「明日ー」
机からノートを取り出したクラスメイトは私たちに手を振って教室を出て行った。私も左手で手を振りかえし、チラッと後ろを見た。私の右手は財前くんの左手に掴まれていた。
「…どうしたの?」
「いや、なんとなく」
「ふーん… …帰る?」
「…あとちょっと」
「そうだね」
一番近くのイスを二つ借りて向かい合って座った。斜め下を見たまま何も言わない財前くんをひたすら眺めていた。廊下からのざわめきが消えて学校に二人だけなんじゃないかと錯覚し始めた頃、財前くんが急に私の手を掴んだ。顔を上げて目を合わせて、一度だけキスをした。閉じた目を開ければ相変わらず表情の変わらない財前くんがいて、なぜか私は自分からもう一度キスをした。
「…そろそろ、帰る?」
「あと、ちょっと」
「…うん」
いつまでも二人きりの世界にいられたらいいのに、なんて不可能なことを考えた。