とっても悲しいことがあった。誰にも話さないで、一人で消化しきれない思いを抱えていた。授業もいつもより集中できなくて、やっときた放課後は大好きな図書室に駆け込んだ。司書さんは涙目の私を見て何も言わずに頭を撫でてくれて、こっそりと私が大好きな紅茶を入れてくれた。

「失礼しまーす」

聞こえた声はよく話すクラスメイトの声だ。図書準備室から小さなガラス越しに見てみると、キョロキョロしながら司書さんに何かを聞いている菊丸くんが見えた。チラッとこちらを見た司書さんの視線を辿った菊丸くんと目があって、彼はふんわりと優しく微笑んだ。

「今日一緒に帰ろ?」

首を傾けて言う彼の誘いに、少し躊躇ってから結局頷いた。一人でいると考え事ばかりしてしまうから、誰かと一緒にいた方が良いかも。司書さんにお礼とさよならをして図書室を並んで出る。教室に荷物を置いてきたという彼について教室に入れば、そこには私の好きだった人がいた。

「よ、不二 帰り?」
「今日は手塚と本屋に行くから、生徒会終わるまで待機」
「そっか じゃあお先」
「うん、ばいばい 名字さんも、また明日」
「う、うん またね」

普通だったかな。大丈夫だよね?ドキドキ高鳴る鼓動は、一日やそこらじゃ諦めがつかないらしい。俯いて深呼吸をして、平常心平常心と口の中で唱えた。



「怒らないで聞いてね」
「うん?」

帰り道、世間話をしていたら菊丸くんが改めて話題を切り出した。緊張した面持ちに何かしてしまったかと考えたけれど特に思い当たることはない。聞き漏らさないように意識を集中したら、思いがけない言葉が飛び出してきた。

「俺、名字が好きです」
「……え?」
「昨日失恋したばっかりでこんなこと言うの卑怯だって分かってるんだけど、どうしても名字が欲しいんだ …ごめんね」
「な、んで、…不二くんに、きいたの…?」
「名字が不二のこと好きなのは知ってたし、昨日教室から泣いて出てくる名字見ちゃったから、不二のこと問い詰めたんだ ごめん」
「…そっか」
「不二とは全然違うし大人みたいでも落ち着いてもないけど、名字のことがすごく好きなんだ ちょっとで良いから、考えてみてくれない?」
「そんな、私なんかに、菊丸くんはもったいないし…」
「もったいないとかそんなことどうでもいいから!」

大きな声を出した菊丸くんにびっくりして俯いていた顔を上げたら、真っ赤になりながらも一生懸命話す彼と目が合った。
ぶわっと一気に私の体温も上がって急いで顔を逸らす。なんで。

「答えは急がない、…でも、ただ待ってるだけじゃないからね」

熱い指に顔を動かされて見上げた菊丸くんの顔は不敵に笑っていた。私、こんな菊丸くん知らないよ。

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