※暗密番外編


「光!」
「…うわ、なんでこんなとこおるん」
「光もお腹すいたと?」

財前くんと出かけた帰り、覗いたお好み焼き屋さんには遠山くんと千歳くんがいた。千歳くんは同じ学年だから知ってはいるけど、遠山くんはテニス部でしか見たことないな。確か、すごく楽しそうにテニスをする子だ。

「こっちきぃや光!一緒に食べよ!」
「彼女さんも一緒にきなちゃ」
「…なまえさん、店変えます?」
「え、私は大丈夫だよ?部活のお友達でしょ、せっかくだから一緒に食べようよ」
「いつものコミュ障どこいったん…」
「財前くんと仲良しな人だったら私も仲良くなりたいもん」
「……、千歳先輩そっち行ってください 俺らこっち座るんで」

千歳くんを追いやって私を遠山くんの前に、財前くんは千歳くんの前に座った。余計なこと言わんでくださいよ、と千歳くん達を睨みつける財前くんを見て笑ってしまった。
お好み焼きを頼んで焼いている間、向かいに座る遠山くんは私にたくさん話しかけてくれた。部活のことやご飯のことなど、始終楽しそうにニコニコと笑っている。財前くんが滅多に笑わない分、遠山くんが年齢以上に幼く見えてなんだか弟と話している気分だった。
隣では千歳くんが笑いながら財前くんに話しかけているが、財前くんはほとんど相手をしていない。いつものことなのか全く気にしてない様子の千歳くん。むしろ楽しそうな顔をしている。

「遠山く」
「金ちゃんでええで!」
「…えっと、金ちゃん?なにか食べられないのある?」
「ない!わいなんでも大好きやで!」
「そっか あ、甘いものも好きかな?」
「すきー!」
「じゃあ今度お菓子作ってくるね いつも部活頑張ってるから、ご褒美」
「ほんま!?めっちゃ嬉しい!!」

本当に弟みたいに感じてつい甘やかしていれば、財前くんがキュッと私の洋服の裾を引っ張った。金ちゃんに向けていた意識を隣にやれば、どう見ても不機嫌そうな顔をした財前くん。…この子は素直でもないし弟の様な可愛さもない。だけど、だから好きになったんだ。

「どうしたの、財前くん」
「…分かってるくせに聞くんスね」
「私が考えてることが正解でいいなら聞かないよ 財前くん、ヤキモチ妬いてるんでしょ」
「ほんま性格悪いわ」
「初めて言われたけど」
「いつもはめっちゃいい人やからな …俺もなまえさんのお菓子食べたい」
「…あ、そっか 財前くんも甘いの好きだもんね」
「金ちゃんは甘いもんよりたこ焼きとかのが好きやし、あげんでいいから」
「え?でもあげるくらい良くない?」
「良くないわ 手作りは、他の誰にもあげんでください」
「…え、あ、…うん」
「…なら、良いッス」

こそこそと話をしてから顔をあげると、千歳くんが不思議そうな顔で私たちを見ていた。首を傾げると彼も引っ張られる様に首を傾げる。…うん?

「名字さんは、光のこと名前で呼ばんと?」
「…え?」
「さっきから財前くんって言うとるやろ?光って呼ばんと?」
「確かに、そうだね」

きょとんと、至極当たり前のことを聞くような顔で言う千歳くんに、私も同じくきょとんとした顔で頷いた。確かに付き合ってずいぶん経つけれど、財前くんのことは財前くんと呼び続けている。今さら呼び方を変えるなんて思いつかなかったしきっと恥ずかしくて呼べなかっただろうけど…。

「ひかる」
「…え」

ポツリと呟いてみれば、財前くんは手にしていた箸を落とし目を大きく見開いていた。…効果抜群?少し面白くなった私は、ぐっと近づいて目を合わせて名前を呼んでみた。

「光」
「ちょ、あの、なまえさん?」

珍しく慌てる様子が可愛くて、膝立ちになって肩に手を置いて、耳元で名前を呼んでみればぎゅっとそのまま腰に抱きつかれてしまった。耳まで真っ赤になっている財前くんは激レアものだ。向かいの席にいる千歳くんは金ちゃんを抱っこしてニヤニヤしながら店を出て行ってしまった。こ、この状態で置き去りにするの?

「財前くん、ちょっと落ち着いて」
「…もう、名前で呼んでくれんのですか?」
「あ、…光、って、呼んでも良い?」
「大歓迎ッスわ」

千歳くん達が呼んでいたのが移ってつい呼び捨てにしてしまったけれど、今さら敬称をつけることもできなくて光と呼ぶことが決定してしまった。お店には店主のおじちゃんしかいなくて、そのおじちゃんも新聞を読んだふりをして気にしていないように振る舞ってくれている。せっかくだからと頭に抱きついてみれば、財前く、…光はパッと手を離した。少し間を開ければお互いの顔がよく見える。光の顔はまだ少し赤いけれど、きっと負けず劣らず私も真っ赤になっているだろう。好きな人を、彼氏を名前で呼ぶなんて初めてなんだからしょうがない。

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