空の向こう | ナノ

 1

パチリと珍しく目覚めが良かった。
起き上がり伸びをして時計を確認して、…違和感に気がついた。
いや、違和感どころじゃない。

「ここ、どこ?」

昨日眠りについたはずの自分の部屋ではない、どこか。
そういえばベッドもふかふかで寝心地が良い。
キョロキョロと見渡し、頭を働かせる…いや、やっぱり見覚えがない。
スッと立ち上がり部屋の真ん中に立つ。

「なまえ朝だよー…って、あれ?珍しいね、起きてるなんて」
「……」
「…どうかした?」
「なんでも、ない…」
「そう?早く着替えておりてきなよ」

こくんと頷くと、その人はドアを閉めて戻って行った。
……いま、の、…サエさん?
え?サエさん、だよね、あの顔と声…。

「トリップってやつ…?」

ポツリと呟いたことによって脳が理解したようだ。
その場にしゃがみ込んで頭を抱える。
…テニプリの世界に、トリップしてきた。
おそらくサエさんの家族として。
ということは六角か、六角っ子と戯れるのか。

「せっかくなら立海とか行きたかった…!」

幸村に柳さんに仁王にブン太!
床に拳をぶつけて、ふと思った。
六角ってことは、サエさんとダビデと葵くんとか?…なかなか可愛い人達が多いよね、うん。
ニヤッと笑って立ち上がる。
この世界を満喫してやる…!!
まずは立ち位置を把握しないと。
ハンガーにかかっている制服に着替える。
鏡を見ると自分の姿が数年前に戻っていることに気がついた。
本当は高校生だけれど、サエさん達に合わせてあるのか中学生の頃の顔つきになっている。
…まあ、そんな変わんないけど。

「なまえー?早くしないと遅刻しちゃうよー」
「すぐ行くー!」

階段の下から呼んでいる母親らしき声に返事をして手早く支度をした。
当たり前のように私の名前を呼ぶってことは、こっちの人達には私の情報があるってことだよね。
ファンブックでも家族構成しか載っていないのに、どうやってやっていけというんだろう。
眉を寄せつつ部屋を出て階段を下りる。
と、勝手に足が動いてリビングに入って行った。
…なるほど、ある程度アシストはしてくれるんだね。

「おはよー」
「おはよ 本当に珍しいね、なまえがちゃんと自分で起きるなんて」
「おはよう 本当に、双子なのに全く同じところないわよねあなた達」
「ぶっ」

双子でしたか、サエさんと。
そして私はどれだけ寝起き悪い設定なんだろう…実際良くないけど。
机の上のごはんと味噌汁、焼き鮭とひじきを素早く食べて麦茶を飲んだ。
本当にこの家の子になりたいくらい、とてもおいしい食事だった。

「ごちそうさまでした」
「早く行こう みんな待ってるよ」
「みんな…?」
「ん、みんな …なまえ今日具合悪いの?さっきからよく頭押さえてるけど」
「あー、うん、大丈夫!偏頭痛、的な?」
「無理そうになったらすぐに言えよ」
「はーい」

鞄を持ちお母さんにいってきますと挨拶をする。
サエさんと二人で家を出て、動き出した足に行き先を委ねた。
サエさんの隣を歩けば普通に行けるんじゃないかと思ったけれど、導いてくれるならそっちの方が疑われることも失敗することもないだろうし。
ふらふらと道を左右に歩き回る足は、なかなか自由人のようだ。
いつものことなのかサエさんは微笑みながら後ろをついてくる。

「うわぁ、きれーい!」

パッと上げた視界の先には、キラキラと光る海が広がっていた。
そっか、六角は海の近くだったね、まさかこんなおまけがあるなんて!
砂浜ギリギリまで歩いて行って海の香りを胸いっぱいに吸う。
気持ちいい、海久しぶりだな。

「相変わらず海好きだね 学校前に制服汚しちゃダメだよ?」
「分かってる!」

振り返ると、サエさんが目を細めて微笑んでいた。
いっ、イケメン過ぎなんですけど…!?
胸を押さえて呼吸を整えていると、サエさんが心配そうに背中をさすってくれた。
大丈夫、と言って笑って見せる。

「早く行こ、遅刻しちゃうよ」
「なまえに言われるとは思わなかったよ」

並んで学校へ向かう道中、サエさんの話に相槌を打ちながら情報を整理する。
どうやら私は毎日のように寝坊したり忘れ物をしたりする、ちょっと抜けた子らしい。
…いや、まあ、実際そんなことなくもないけど。
テニス部のお手伝いもやっているらしいけれど、どんなことをやってるかまでは察することができなかった。
怪しまれないように会話を繋げるのは頭を使う、難しい。



「おはよー」
「サエ、なまえ、おはよう」
「よう、今日も元気だな」
「なまえちゃんとサエさんおはよー!」

部室に行けば大好きな彼らが立体でいた。
飛びついてきた葵くんの頭を撫でつつ幸せに浸っていると、みんなが着替えを始めたので外に出る。
すごい、本当にトリップしたんだ、夢みたい。
にやにやする顔を隠すために両手で覆っていればすぐに六角メンバーが出てきた。

「どうかした、なまえ?」
「なんでもない!」

ぞろぞろと部室から出てきて最後の一人、亮くんが出てくるとグッと腕を掴まれた。
驚いて顔を見れば、困惑している様子の亮くん。
…なに?調子悪いとかかな?

「あんた、誰…?」

どうやらこの世界にも歪があるらしい。



サエさんに亮くんが具合悪いらしいから保健室連れて行ってくる、と声をかけてみんなの目の届かないところまで歩く。
後ろからついてくる亮くんは相変わらず緊張した面持ちでいる。

「ここら辺なら大丈夫かな …まず、あなたは木更津亮くんで間違いない?」
「…うん」
「六角中学校のテニス部レギュラーで、双子の弟の淳くんがいる」
「なんで知ってるの?」
「…私は、この世界では佐伯なまえ サエさんの双子の妹、なのかな」
「…この世界では、ってことは、やっぱりあんたはここにいるはずじゃないんだよね?」
「うん、そうだね 私がいた元の世界では、ここは漫画の中の世界 二次元ってやつだったんだけど…」

相当理解力があるのか、私が言ったことをしっかり頭の中で整理したようだ。
なまえさん、と言ってから、なまえ、と言い直された。どっちでもいいよ。

「俺は、なまえを助けるためにいるのかな」

真っ直ぐ綺麗な目で見つめられそう言われ、無意識に口が動いていた。

「分からないことだらけなの 少しだけ、協力してもらっても良いかな?」

手を差し出すと優しい力で握り返された。



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