バレンタイン | ナノ





幼なじみって言葉が大好きで大嫌いだった。その言葉は彼との距離を一定に保ってくれる。なにかがあっても近くにいることができる。だけどその言葉は、私と彼の距離をこれ以上近づけないように縛る。どれだけ近づいても、1cmのすき間が埋められなかった。

「なまえー、今日一緒に帰ろー」
「え!あ、えっと…今日は友達と一緒に帰るから、ごめんね?」
「あ、そうなの?うー、わかった」
「今日おばさんたちは?」
「姉ちゃんの新居遊びにいっちゃってさー みんな家出ていっちゃうの、寂しいなあ」
「きっと英二がそう言ったらみんな喜ぶよ」
「えーなにそれ …あ、そうだ、夜遊びにきてよ 一人つまんないから、マリカやりたい」
「う、あ…」
「だめ?」
「…分かった」
「やった 待ってるね」

きっと一番近くて、でも本当の一番にはなれないんだ。英二に告白する女の子はみんな可愛くて、私は自信をなくしていくだけだった。いくら私が近くにいたってあれだけ可愛い子達だったら一瞬で距離を詰めてしまうのだろう。

あまり英二の誘いを断わらない私が今回は断わったのにはワケがある。そろそろ男子も女子も浮足立つ、バレンタインが迫ってきているんだ。去年までと同様、友達とお父さんと英二に渡す予定なんだけれど、今回は少し意味合いが違う。いつもは"大好き"の気持ちを込めつつも口では義理チョコと言って渡していた。でも今回は、もうすぐ卒業だし高校は別々で会う時間が減ってしまうかもしれない…、だったら告白しちゃえ!という友達の言葉に乗っかって、本命チョコを英二に渡そうと思うんだ。フラれるならフラれるで、蹴りをつけてしまいたくて。今日はそのための買い物に友達と行く。一週間前からの約束を、英二と一緒に帰るからなんて言って断わったら、きっとあの子は笑って英二に私の気持ちをばらしてしまう。いい子なんだけど思考が多少ぶっ飛んでいるから…。

バレンタイン当日。学校では女の子達だけに渡した。今日はテニス部がないらしいから、一緒に帰る約束をしたんだ。きっとうまく話すことはできないだろうけど。

「なまえ、今日は何の日でしょうかー?」
「…英二、大事な話があるの」
「え!?嘘、好きなやつでもできた!?」
「え…な、なんで…」
「もう俺のこと嫌いになった…?」
「ええ!?ちょ、なんでそうなるの?」
「だってぇ」

なぜか半泣きになった英二の頭を優しく撫でながら聞けば、不安そうに私と目を合わせてきた。うう、何もしてないはずなのにこの罪悪感はなんなんだろう。私も涙目になりかけると、英二は慌てて涙をぬぐった。

「俺、なまえのこと好きだから」
「でも、英二と私の好きは違うと思う」
「…え、なまえ、俺のこと好きなの?」
「…ずっと前から大好きだよ」
「え…えええ!?」

英二の胸に隠していたチョコを押し付けながら呟けば、大きな目を更に大きくして驚いた。ビクッと肩を揺らすと反射のように"ごめん"と言われた。そんなところも好きなんだよ、ばか。何を言われるのか怖くて俯いていると、頬を掴まれた。固いのに優しい手に、なぜだかとても緊張した。

「好き」
「だ、から…違うでしょ?」
「違くないよ」
「でも…」
「…愛してる、だったら伝わる?」

ちゅっ、と。柔らかい感触。ポロリと涙が零れた。ああ、そうか。英二も同じ"好き"だったんだ。次々と零れる涙を英二は笑いながら拭いてくれた。