社会人
「235円のお返しです」 「どうも」 「ありがとうございます …いつもお仕事お疲れ様です」 「…こちらこそ、いつもありがとう」 「っ!!」
袋を持って出て行った背中を見えなくなるまで追っていた。 毎週火曜に買い物にくる赤茶の髪をしたお兄さんをいつも見ていた。交わす言葉は"ありがとうございます""どうも"だけ。それでも嬉しかったしドキドキした。バイトの先輩が常連さんと笑って話していたのに憧れて、私も一言声をかけてみようと決意したのは一ヶ月前だ。勇気を出すのに時間がかかって、顔を見ると怖じけづいて、やっと今日いつもより一言多く話すことができた。
『だからそれは恋だよ』 「だ、だから違うって!だってあの人社会人だよ!?私高校生だもん、恋愛対象になんかならないでしょ」 『そんなことないしー、4つ年上はもう社会人なんだから社会人でもアリ!』 「あの人何歳か知らないよ…」 『聞いちゃえ』 「聞けるか!」
家族にも話してないことを唯一話しているのは友達の菊ちゃん。菊丸って名字だから菊ちゃんって呼んでいる。高校3年間ずっと同じクラスでいつも一緒にいる、一番仲の良い友達だ。
『あ、そういえば英語の予習やった?』 「もち 言われた日に終わらせたしー」 『さすがなまえ!写させて!』 「…自分でやりなよ」 『半分はやったの!あとちょっとだけだから…!』 「しょうがないなあ…」 『ありがとー!!なまえ愛してるっ』 「はいはい で、うちくる?」 『行く行くー…じゃなくて、今日お母さん達出かけてるから兄ちゃん帰ってくるまで留守番してなきゃいけないの』 「じゃあ私行こうか?」 『そうしていただけると…』 「はーい 10分くらいで行くからお菓子用意しておきなさい」 『アイアイサー!』
てことで、ちょっと行ってきます!
適当な部屋着からお気に入りのワンピースに着替えて、勉強道具と本を持って菊ちゃんの家にきた。インターホンを鳴らすとすぐにドアが開いた。待ち構えていたね。暖房のきいたリビングに入ってからノートを出すと、菊ちゃんに拝まれた。なにこの子面白い。引き換えにスッと出されたのは見覚えのあるケーキ。私がバイトしているコンビニの商品だった。
「兄ちゃんのだけど食べちゃって良いよ」 「えっ、お兄さんの食べちゃダメでしょ…?」 「名前書いてないからオッケー」 「そういうもんなんだ…」 「兄弟多いからね」
ノートを写し始める菊ちゃんの横で、食べて良いのか不安になりながらケーキのフタを開けた。まあ、良いって言うから良いのかな、いただきますお兄さん。私のコンビニはスイーツに力を入れているだけあって、そのケーキもおいしかった。にこにこしながら食べていたら菊ちゃんに頭をなでられた。
「あ、そろそろかも」 「ん?何が?」
「ただいまー」
「兄ちゃんおかえりー」 「あ、お兄さん?」 「そういえばなまえ兄ちゃんと会うの初めてだよね」 「疲れたぁー……って、あれ?お友達?」 「お邪魔してます!」 「どうも 兄の英二です」 「あ、…え?」 「ん?…あ」 「え、なに?どうしたの?」 「「コンビニの…」」
聞き覚えのある声に顔を見れば、ずっと見てきたあの人がいた。…あれ、え?菊ちゃんのお兄さん…だったの?向こうもそれなりに驚いているようで大きな目を見開いていた。菊ちゃんだけが状況が分からず私とお兄さんを交互に見ていた。
「あ、の…いつもご利用いただきありがとうございます」 「いや、こちらこそ いつも笑顔をいただいて…」 「えっ…」 「仕事帰りにいつも癒されてます、ありがとう」 「っ…!」 「あれ、あれ、もしかして私お邪魔な感じ?兄ちゃんなに私の大事な友達惚れさせてんの、ちゃんと優しくしないと殴るよ?」 「え、惚れさせちゃった?」 「ききき菊ちゃんー!?」 「あ、口が滑った」
真っ赤な私を見て笑ったお兄さんの気持ちは一体…?
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