フラン
「なまえさーん」 「なにフラン君」 「呼んだだけですー」 「そう 今暇?書類疲れたからおやつにするんだけど」 「ミー紅茶入れます」 「ありがとう」
私とフラン君は仲が良い。彼は何歳か今だに教えてくれないけれど、きっと私とはそれなりに歳が離れているだろう。いつも私を見つけるとトコトコと後ろをついて来る、その姿に言葉にできない感情を抱いた。愛しいとか可愛いとかギュッとしたいとか、日本風に言えば萌え?まあとにかく、かわいい男の子なんだ。任務がないときにはいつも私の部屋に入り浸って、何をするわけでもなくただ静かにソファーに寝転がっている。ベル君がいないところではカエルをはずして、サラサラな髪を風になびかせる。撫でたいという衝動は、まだ食い止められている。
「紅茶できましたー アールグレイ好きですよね?」 「うん、ありがとう 甘いもので良かったら、ケーキ一緒に食べない?」 「食べます …なまえさん、髪解かないんですか?」 「ん?食べ終わったら解くよ」
フラン君は私の髪が好きらしい。仕事中は適当に一つに結わえているそれを解くと、フラフラと近づいてきて三つ編みにしたり撫でたり楽しそうに触ってくる。髪をいじられている間フラン君の顔が見えないのは残念だけれど、優しい手つきに癒されるから良いかな。フラン君の入れてくれた紅茶は猫舌の私でも飲めるくらいの熱さだった。無関心に見える彼は、私に関しては私以上に知っている気がする。二つのケーキを出すと私が食べたいと思っていたものを私の方へ置いてくれるし、自分が取ったものも私に初めの一口をくれる。私はそういう彼の優しさに毎回惚れ直している。
「なまえさん、猫好きですか?」 「好きだよ ああ、でもここに来てからは見てないな ベル君の子も可愛いよね」 「堕王子は置いといて… さっき街に行く道で見つけたんですけど、一緒に見に行きませんかー?」 「え、こんな山の中にいたの?」 「多分捨て猫ですねー ミーが近づいても逃げなかったから人慣れしてるのかも」 「そうなんだ… でも、まだ仕事残ってるし、私は良い…かな」 「…お仕事、今日中ですか?」 「今日の分は終わってるけど、今週末用事あるからその分終わらせたくて」 「じゃあミー行ってきますね」 「うん 写真撮れたら送って?」 「もちろんです」
むやみに詮索しないアッサリとしたところも好きだ。昔付き合ってたヤツが束縛したがりだったから、余計にフラン君は魅力的に見える。ケーキをぱくぱくと食べて私に手を振った彼は窓から飛び出して行った。ガサッと葉の鳴る音が一度だけして静かになった。空になった一組のカップの片方だけに紅茶を注ぎ、椅子の背もたれに寄り掛かった。フラン君と一緒の後は一人の時間がちょっと寂しい。次はいつくるかな、なんてことをすぐに考えてしまう。温かいカップを両手で持って、ちびちびと飲みながら窓の外を見た。風で揺れるエメラルドグリーンのカーテンが彼を思い出させて一層寒く感じた。
写真撮れました 木の陰にもう一匹見っけ 噛んでこないし元気そうです 風が強くなってきたので窓を 閉めてください 書類飛ばされないように、… となまえさんが風邪ひかない ように
添付されていた写真にはフラン君の指を舐めている茶色い猫と不思議そうな目で見上げてくる黒い猫が写っていた。…ダメだ、にやける。ポーカーフェイス、一人だから崩して良いかな。猫の写真に目を向けて本文を読まないようにしていたけれど、限界です。一度目を通してしまえばもう目が離せなくて、窓を閉めることすら忘れて繰り返し読み直した。
「なまえさん…、窓、閉まってないし」 「っあ、…おかえりフラン君」 「ただいまです 身体冷えてないですか?」 「うん」 「…ウソ 手冷たいですよ」
外から入ってきたフラン君は、静かに窓を閉めて私の近くに寄ってきた。小さいけれど男の子らしい手で私の手を包まれて、心臓が高鳴るのは仕方ないでしょ。カップを机に置いて抱き着くと、動いたばかりだからか彼の身体はとても温かかった。
「心配ありがとう」 「心配しないですむくらいしっかりしてくださいー」 「うん」 「…でも、甘えるのはいつでも良いですからね」 「…うん」
やっぱりフラン君が大好き。温かくて優しい彼の隣にずっといたい。
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