財前光
俺が曲を作り始めたのは、音楽が好きでパソコンをよくやってて暇だったから。ただそれだけの理由だった。 楽しい曲や泣ける曲や笑える曲、たくさんのボカロPがたくさんの曲を作っている中で自分が作った曲が誰かに聴いてもらえるのだろうか。まあ聴いてもらえなくても、自己満の暇つぶしだし良いか。なんて軽い気持ちだったのに、初めて作った曲が二日で殿堂入りだ。笑うしかない。 適当につけた善哉という名が(笑)動画の人気ワードに上がっていた時は、現実と二次元混ざったのか?とか、今考えても意味不明なことを混乱する頭で思っていた。
「先輩ら、(笑)動画って知ってますか」
部活の先輩を誘ったのは、気まぐれプラス少し自慢したい気持ちがあったからだ。天才なんて言われているけれどテニスではまだ勝てない。何か一つでも勝ちたい。高校生なんてまだまだガキで、そんな単純思考で先輩達を乗せてみた。その二人が人気の踊り手、弾き手になってしまったのは面白い誤算だったが、それはまあ置いておく。 二人の生放送は時間が合えば必ず見ていた。その日も学校の課題を終わらせて新曲を考えている時に生放送のお知らせメールがきたから作業中断で見に行った。 いつも通り、ギター片手に時々歌って、コメントのリクエストに一通り答えた白石さんは思い出したかのように画面を切り替えた。
「この動画、俺の友達が歌ってみたデビューしたやつやから見といて 俺がmixしたから聞きづらいとことか教えて欲しいし」
そう言ったすぐあとに動画のリンクを貼ってた。友達って高校のやつかな、と思ってクリックをしてみれば見覚えのあるサムネ。 部活の先輩に描いてもらった一枚絵だ。…俺の作った曲だ。 白石さんがmixしたってことは俺の曲だと分かってて宣伝してるわけで、多分白石さんは俺が生放送見てることも分かっているだろう。あまり自分の歌ってみた作品は聴かないが好奇心に負けて再生をクリックした。
「…は なんやねんこれ」
出だしの恐る恐るといった感じは初投稿によくあることだ。問題はサビ。俺がミクに歌わせたそのメロディーは、歌詞は、この人の声によって、より俺のイメージに近づいていた。ていうか、どんぴしゃかもしれない。なんだこれ。…誰かの歌声を聴いて涙が出たのは、初めてだった。 初投稿とか嘘だろう、何故今まで歌っていなかったんだ、もったいない。初めて沸き上がる感情を自分でも抑え切れなくて、次の日白石さんの教室をわざわざ訪れた。
「あの人誰ですか」 「…なんで?財前には関係ないやろ」 「俺の曲歌わせてよく言いますわ」 「内緒にしててって言われてん」 「…謙也さんは」 「…あいつアホやから聞かんといて 口滑らしそうや」
よし、謙也さん脅そう。 結局謙也さんも口を割らなかったけれど、なんとなく近くにいるのだろうということは分かった。 親と口喧嘩して家飛び出して、足が向いたのは謙也さんの家だ。あの家の人はお節介だけれど優しい。呆れた顔で迎えた謙也さんに文句を言って、勝手に部屋に上がり込んで。動画の撮影してくると言って出て行った謙也さんの部屋に我が物顔で居座るのはもはや当然。また動画か、暇人だな、と謙也さんよりハイペースで動画投稿するボカロPが何を言うかみたいな。
「財前、友達来る」 「…はあ」 「良いか?」 「謙也さんの部屋なんやから俺に許可取らんでも」 「そっか 女の子やからいじめんといてな」 「は?」
"上がってこーい"と階段の下に向かって叫んだ謙也さん。舌打ちをすると驚いたように俺を見てきた。女子とか、めんどいからやめてほしいわ。 そう思っていたのに入ってきたのはいつか白石さん家で見た先輩。名前忘れたけど。
「…ちわッス」 「こんにちは お邪魔してます」 「名字、こいつもお邪魔してる奴や」 「あ、そっか」
それでも軽く頭を下げて俺に気を遣っていた。これは俺の推測でしかないが、この人が白石さんの言っていた"友達"とやらではないかと思う。以前「今日お前の曲録音すんねん!……あ、いや、間違えた」と言っていた謙也さんを探して着いた白石さん家にこの人もいたから。てか白石さんとこの人だけ上の部屋で俺と謙也さんリビングって、そんなもん今録音してますって言っているようなものじゃないか。きっと白石さんは分かっていて俺を家に入れたのだろうけれど、謙也さんは何も気がついていないようで必死にごまかそうとしていた。 その人が帰った後に謙也さんに聞いてみたら無理矢理話題を変えられたから、十中八九正解だ。
「なんで俺、こんな気にしてんのやろ」
まあ、近くにいると分かったから知りたくなっただけだろう。そう結論づけて眠りについた。本心はどう思っているか、知らないフリを決め込んで。 ツブッターで時々くるその人からの愛が溢れているリプに舞い上がっているなんて、ポーカーフェイスだから誰も気がついていないだろう。
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