財前



おじいちゃん先生の授業はみんなのお昼寝時間だ。クラスの大半が潰れている中、私は背中も曲げずにしっかり座って教科書を開いていた。言葉の通り、開いていた、だけだ。机の下で静かにいじるのはスマートフォン。ガラケーを卒業したからカチカチとボタンを押す音もなく遊ぶことができる。時間潰しに始めたアプリに思いの外ハマってしまい今では友達の中で一番の記録を出している。先生の声をBGMにゲームをし続けていると、LINEの通知がポンっと出てきた。チラッと見て、見えた名前に急いでホームボタンを押す。ゲームなんか後回しでいい。

『授業中になにしてるん?』

ゲーム、とキャラクターの絵文字をつけて返せばすぐに既読がつく。

『授業中やで。先生の話聞けや』
『光だって携帯いじってるんやん!お互い様でしょ』
『俺は勉強できるから良いねん』
『うっざ』

テンポ良く文字のやり取りを続けていると、不意に先生が私の隣の男の子を指した。寝ぼけているその子に質問の内容を教えてあげると、男の子はしっかり答えを言って私に笑いかけてきた。

『笑うなアホ』
『はい?』
『なんでもないわアホ』
『アホアホうるさいわ!ちゅーか次私当たるかな。分からんかったら答え教えて』
『嘘の答えで良いんなら』
『良くないわアホ』
『なまえにアホって言われるとか…』

席順関係なく当てていくのか、先生は光を指して教科書を読ませた。ざまあみろ、と心の中で笑ってその後ろ姿を見ていれば、教科書を読み終わって座る際にギロっと私のことを睨んできた。な、何も言ってないからね。

『ざまあみろ、って思ってたやろ』
『なんで分かっ…、いや思ってないですよはい』
『つぎあたれ』
『先生には私が見えないようになってるフィルターかかってんねん。この先生に名前呼ばれたことないし』

そう送った直後、先生が私の名前を呼んだ。光が噴き出したのが見えて顔をしかめる。タイミング良すぎでしょ先生。立ち上がって教科書を読み、すぐに席に座った。光から草がたくさん送られてきていた。

『どwwwwんwwwwまwwwwいwwwwwwwwwwwwwww』
『どつくぞ阿呆』
『先生に名前覚えられてて良かったやん』
『座席表見て指名されたから!絶対先生覚えてないから!』
『あ、昼休み図書室行こ』
『話変わりすぎ、ってか、ん?私のこと誘ってる?』
『自意識過剰や。行かんのやったら先生になまえが授業中携帯弄ってたことチクるから』
『一緒に行こうって素直に言えんのか!それはお互い様やん?』
『素直な俺とかキモない?』
『キモい』
『傷ついたから昼ごはん奢りで』
『ごめん寝』
『寝んなや』
『変換ミスですー!数学の宿題写させてくれるならジュースを奢らせていただきます』
『パン二つ』
『ひとつ!!』
『じゃあ弁当一つ』
『…パンふたつで』
『約束な』

鐘がなってクラス委員が号令をかけると、寝ていた人達も目をこすりながらのろのろと立ち上がる。礼をすると先生が出て行くのも待たずに騒がしくなる教室。何も言わずに教室を出て行った光の背中を追って、私も鞄を持って教室を出た。
階段を上がる足が見えて急いで追いかけると、光は踊り場で立ち止まって私を見下ろしていた。教室にいる時のようなクールな雰囲気ではなくなっていたから、駆け上がって隣に立った。

「お腹空いたね」
「屋上行くで」
「え?購買は?」
「コンビニで買ってきてる」

にっと笑って光はコンビニの袋を鳴らした。相変わらず人をからかうのが好きなやつだな。
屋上に出て、フェンスに寄りかかって座り込んだ。袋からパンを取り出した光にならって私も鞄からおにぎりを出す。いただきます、と呟いて一口食べれば、私の真似をするかのように光もいただきますと小さく言った。



「あ、光図書館に用事あるんやっけ?」
「んー、多分顔出せば良いだけやから時間ギリギリに行くわ」
「そう?じゃあそれまでどうする?」
「…寝る」
「は?」

ポンっと私の太ももの上に頭を乗せて、光はまっすぐ私を見上げた。こういうときばかり年相応に幼い顔をしてくるから、うまい対応ができないんだ。無言で見続ける光の視線に耐えられなくなって手で遮れば、簡単にその手を取られる。日除けのように瞼の上に置かれた掌に、光の低めの体温を感じた。

「…足痺れた落とすから」
「なまえ、足痺れにくいやん」
「うっさいわアホ」

楽しげに笑う口元も見えなくなるように、自分の口で塞いでやった。

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