伊武



たくさん勉強した。お母さんにもらった御守りも持った。昨日は友達から頑張ろうとメールがきた。大丈夫、頑張れる。

会場についてたくさんの受験生と一緒に教室に入っていく。誰も喋らないその空間はあまりにも静かすぎて、緊張はピークに達していた。シャーペンを取り出そうと筆箱を開けた時、ふと小さな紙切れを見つけた。まだ試験開始までは時間があるからカンニングと疑われることもないだろう。筆箱から出して折りたたまれたそれを広げて見ると、見覚えのある大好きな字で"なまえなら大丈夫"と書かれていた。ぽとりと落ちた涙は、きっと緊張をし過ぎたからだ。

全ての試験が終わって監督の先生が教室から出て行くと、全員が同時に肩を下ろしたように見えた。私も一つ息を吐いて、筆箱に入った紙をまた取り出した。ぎゅっと握りしめるとなんだかとても温かくて、誰よりも先に連絡をしようと会場を飛び出した。



『もしもし』
「ばか!」
『急に電話してきて一言目が暴言ってどういうつもりなのか知らないけど』
「ありがと!」
『…試験お疲れ』
「うん もう、すごい頑張ったんだよ」
『知ってるよ 俺といる時もずっと勉強してるんだもん、嫌になるよ』
「でも、深司が一緒にいてくれたから頑張れたの」
『…知ってる』
「えへへ」
『ねえ、もう勉強しなくていいんでしょ』
「ん、とりあえずしばらくは」
『会いたい』
「…私も」

行くから待ってて、と珍しく切羽詰まったような声で言うと深司はすぐに電話を切ってしまった。待って待って、私もまだ家にいないんだって。急いで電車に乗って家に向かった。

なんとか深司より先に家につけたみたいで、お母さんに声をかけてから鞄を放り投げて外に出た。話を聞きたそうにしていたお母さんには悪いけれど、今は恋人の方が大事なの。深司がいつもくる方向を見てそわそわと待っていると、後ろからぽんっと肩を叩かれた。驚いて勢いよく振り向くと、ほっぺに指が突き刺さる。

「…深司」
「お疲れ」
「ありがと でもこんなプチドッキリいらないから」
「緊張をほぐしてあげようと思ったんだよ」
「…ぎゅってしていいですか」
「しょうがないなあ」

私が抱きつく前に、少し身長の高い深司が優しく抱きしめてくれた。首筋に当たる吐息に、固まっていた神経から力が抜けていく。あー疲れた。一生分の頑張るを詰めた感じの日々だった。

「ねえ深司 筆箱の中の手紙、本当にありがとう」
「…気づかれないかもって思った」
「気付くよ いつの間に入れたの?びっくりした」
「昨日 なまえ、最後は暗記物だけって言ってたからもう試験まで筆箱開けないかなって思って」
「あのね、すっごい嬉しかった 本当にテスト直前だったから、深司のおかげで頑張れた」
「…泣いた?」
「えっ」

どんだけ鋭いの深司。泣いてないよと言って目を逸らすと、笑い声が聞こえた。こういうときばっかり笑うんだから、ずるいよ。少し背伸びをして深司の頬にキスをする。一瞬目を見開いた深司は、目を細めて微笑んで私の唇にキスを落とした。

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