芥川



いつも寝ている君は私なんて目に入っていないかもしれない。でも私の目に入った君は誰よりも光って見えた。

「なまえー美術室先行っちゃうよー」
「あ、今行く!ちょっと待って」

視界の隅に一瞬映った姿に足が止まった。友達に"やっぱり先に行ってて"と言い教室の中に逆戻り。教科書と筆箱だけを持って君に近づいた。

「…芥川くん、次美術だよ 移動しないと」
「んんー、あとごふん…」
「5分後は授業中だよ 早く起きよう」
「まってぇ すぐ起きるからぁー」
「待てないよ 目痛くなっちゃうから擦っちゃダメ ほら、起きて、目開けて?」
「やーだ…」
「もう…」

寝ぼけてる時にしか話し掛けられない。臆病者なんだ。否定されたらきっと立ち直れないから、告白もしない。私が入れるようなすき間はここしかなくて、寝ぼけてる芥川くんを起きる直前まで相手するのが私の日課だった。教室移動でみんながいなくなっても芥川くんが寝ていたらする習慣。起きた芥川くんはすぐに動きはじめるから私はもう少し前に動きはじめる。先に教室を出て走って目的地へ。芥川くんが来た時には最初からいたような顔で座っている。なんてバカみたいな行動。

「うーんん」

芥川くんが起きる直前の伸びをし始めたら私はいつも通り教室を出た。美術室まで走って走って、美術室の前に着いた時に気づいた。教科書と筆箱を芥川くんの隣の机に置いてきてしまった。教科書には名前が書いてあるから芥川くんに気づかれる前に取らないと。急いで教室へ引き返したけれど間に合わなかった。扉越しに見えたのは私の教科書と筆箱を不思議そうな顔で見ている芥川くんだった。私のバカ…。

「あの、すみません…」
「…うんと、名字さん、だよね?」
「えっ、あ、はい」
「席ここだっけ?」
「…違います」

一言発する度に俯く顔。もう恥ずかしくて顔見て話せないよ。足元だけを見て机に近づき教科書と筆箱を取った。早くここを出よう。そして美術室に走らないと。授業始まってる時間じゃない?

「もしかして…さ、いっつも俺のこと起こしてくれてた?」
「っ…ごめんなさい!」
「なんで謝るの?」
「だって、気持ち悪いでしょ…?」
「え?なにが?」

思わず顔を上げると予想以上に近い位置に君がいて驚いた。どっちかと言うと私が聞きたい。なんで寝ている間話しかけるようなやつを気持ち悪いと思わないのか。でも君は本当に不思議そうな顔で首を傾げていた。なんで、どうして?

「だって最近名字さんが起こしてくれたから授業遅刻しなかったんだよ?」
「え、あ…」
「ありがとう」

ニッコリ笑顔がまぶしすぎて何も言えなかった。赤くなった顔を隠すようにまた俯くと君の手が頬に添えられて。「また起こしてくれたら嬉しいな」なんて耳元で言わないでよ。自惚れちゃうでしょ。小さく頷くと君は嬉しそうに笑った。

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