菊丸



「ゴホッ…」

咳をしても一人。本当に一人。一人暮らし始めるの早過ぎたかな。風邪の時に一人ってとてつもなく寂しい。でもお母さんもお父さんも仕事だから電話できないし、兄弟もいない。まだ一人暮らしなんかしなければ良かった。
風邪の時はとことん寂しがりで泣き虫だから誰かいないとダメだって。誰の温もりも気配もない…。

「電話…しようかな」

でも声あんまり出ないし、咳ばっかりして会話できなさそう。…メールしよう。無理矢理手を動かして携帯を手にする。うわ、手震えて文字が打てない。重症だな。

<かぜひいた>

変換する余裕すらなかった。そのまま送ろう。もうこれ以上身体動かせない。携帯を閉じることさえせずに腕を下ろした。タスケテー。

遠くから聞こえた着信音に目を開ける。…あ、寝てたんだ。途切れた音はすぐにまた鳴り出した。誰だ、英二…かな。

「…もしもし」
『なまえ!?大丈夫?声ガラガラだね… しゃべれる?』
「あー、うん 喉少し痛い」
『熱は?なんか食べた?』
「わかんない、頭すごい痛い」
『…お見舞い行って良い?』
「マスクしてきてね」
『すぐ行く』

英二の声が聞こえなくなってまた少し泣きそうになった。でも来てくれるって。心配かけるのはダメかなって思うの、だけどね、心配してくれるのはすごく嬉しいんだ。だって私のこと好きじゃなかったらないことでしょ。愛されてるなーって、思うじゃん。英二の家からは離れてるし来るまで起きていられる自信がない。早くきて。

「なまえ!!」
「…早い、なぁ はーい」

さすがテニス部、さすが英二。のっそりと布団から出てドアを開けたらぎゅうっと抱き抱えられた。あー暑い、けど、あったかい。英二がいる、幸せ。

「超熱いじゃん!ほら冷えピタ!布団行こうね」
「英二、ありがとー…」
「泣かないのー もう大丈夫だから、ゆっくり休めば治るから」
「うん」

マスクで篭っていても大好きな英二の声にはかわりない。すごく安心できる。手を引かれ寝室に入ると空気が悪いからと窓を全開にされた。涼しい、気持ちいい。

「ご飯は食べた?」
「鼻詰まってて味わかんないから食べたくない」
「ああもう… アイス食べる?」
「食べる!」
「スプーン持ってくるから寝ててね 起き上がったらあげないかんな」
「はーい」

ずっと寝込んでたから今日は買い物に行けなかった。そっかアイスか。その手があった。英二の言う通り布団に入って待ってたらまた寝そうになってきた。たくさん寝てるのにどこから眠気がくるんだろう。本能に任せて寝たいところだけど英二とアイスが来るから起きていたい…。

「…なまえ」
「ん…」
「寝ちゃった?」

起きてるよ、そう言いたいのに身体は言うことをきかない。いつの間にか瞼まで下がっていて視界は真っ黒だ。もう良いや、寝ちゃおう。そう思った時にマスク越しになにか口に当たって、ぼんやりとした頭で英二の顔を思い浮かべた。

「早く元気になってよ、なまえ」

英二がそういうから、明日には完全復活しないとね。

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