従業員の姉、弟の雇用主、知り合い
もうそんな薄っぺらい関係じゃないとは思ってた
はっきりしたことは何も言わない
だけどこっちの気持ちも勘のいいあいつのことだから薄々わかってるだろうと思う
ただし向こうは本当にたまに、ほんの少しだけそうなのかなと思わせる時があるだけだから本音はいまだ掴めない
ただあいつは親戚のおばさんが持ってくるお見合いを片っ端から断っていると小耳にはさんで、俺がいるからじゃないのかと少し自惚れて、更に、見たこともない男から突然道端で愛の告白をされたんですよ、と新八から聞かされてそれとなく返事はどうしたんだと聞いたら、当然NOですよ、姉上はお互い何も知らない人とお付き合いしたりしませんから
だそうだ
じゃあ何か、お互いのこと解り合ってたらいいのか
なんの用がなくてもふらりと家に立ち寄れば当たり前のように茶と菓子を出してくれて他愛のない話をする
こんぐらいの関係ならお互いのことを知らないとは言わないだろう
こんなことでまた自惚れて心の中で小躍りをする自分は馬鹿だと思うが、それでもやっぱり口許が緩んでしまうのは仕方がなかった

何も言わなくても側にいてくれるあいつに甘えてずっとこのままでいいと思った
あいつはきっとはっきりと言葉にしなくてもわかってるだろうからと



偶然街中で見かけた時、心臓が跳ね上がった
いつもの癖になっている笑顔じゃなく本当の笑顔だったからだ
いやそれよりも極上のものかもしれない
ただそれを自分に向けられたから心臓が跳ね上がったわけじゃない
隣を歩くのは見覚えのある黒服
味覚破壊のすかしたいけ好かない野郎だった

しまった
遠くばかり見ていて近くに気づかなかった
あの野郎ならわかりあってるまではいかなくても知らない仲ではないだろう
それにさっきのあの笑顔
俺だって滅多にお目にかかれないんだぞコノヤロー


例えばここで俺の女に手ぇ出すなくらい言えたらあいつは笑って応えてくれるだろうか

だがそんなことを言えるわけもなく、俺の足は自分の足じゃないみたいに勝手に踵を返して反対方向に進もうとしている

生憎、向こうは気付いていない
別にあんな笑顔を他人に向けるあいつをもう見たくないとか、そんな負け犬みたいな理由で避けるわけじゃない
そう自分に何度も繰り返し言い聞かせて冷や汗をダラダラと背中に流しながらその場を遠ざかろうとした



「銀さんじゃありませんか」



目敏い女だ
こいつはいつもそうだ
俺が一人でこっそり食べようと思っていた甘味だって、二人で食べる為に買ったハーゲンダッツを俺が後から差し出して驚かせようとしたって、すぐに見つかってしまうのだ
でもこんな時までそんなふうに見つけなくたっていいじゃないか
俺はお前の大好きなハーゲンダッツでも甘味でもねえ


「おー偶然だな」


今のはわざとらしすぎたかもしれない
どうでもいいけど誰かこの冷や汗を止めてくれ


「何してるんですか、こんなところで。また仕事もなくぶらぶらしてるんですかだらし無い」

「うるせーなーお前は俺の母ちゃんか。そっちこそ何やってんだよ多串君なんか引き連れて」

「今ちょうどそこで会ったから、少し立ち話をしてたんですよ」


立ち話するほど仲良かったのかよ、いつの間にそんなんなってたんだよ
未だ止まらない冷や汗を背中に感じながらそんなことを考えたが、どんな仲だろうが先程の笑顔を向けられていたのは紛れも無くこの男だ
お妙と話しながらちらりと奴を見た俺の顔は、きっと本当に負け犬のように情けない顔をしていたに違いない
しかしなぜか、奴は目が合うとばつが悪そうに舌打ちをし、邪魔したなと一言言って去っていった
同情をかうほど俺は情けない顔をしていたのだろうか


「さっき羊羹買ってきたんですけど、銀さんここの羊羹好きでしょう?ご一緒にどうですか?」


去っていく奴にお勤めご苦労様です、と一声掛けてこちらを振り返った妙はにこりと笑って、もう日課になっている誘いの言葉を口にした
こんなに気分は晴れないのにいつものように甘いものを差し出してお誘いの言葉をかけてくるこいつを見たら、少しだけさっきのあれは見間違いなんだと思えていつものようにやる気なく返事を返せた

だが見間違いなんかじゃなかったはずだ
こいつにとっては"邪魔したな"は、俺の台詞だったんじゃないのだろうか
隣を歩くこの女はいつもみたいにニコニコしていて全く読めない
何も言わなくても、ずっと側にいてくれると思っていたのは俺の勘違いだったのかもしれない
やっぱり女は言葉にしないとわかんねーのか、と思っても、そんな言葉は絶対に言えない
他の男に取られるかもしれないのに(もしくはもう手遅れか)、それでもまだ何も言おうとしない自分の意気地の無さを恨んだ


「銀さん、どうしたんですか?人の話聞いてます?」

「あーはいはい聞いてますよ」

「まぁなんですかその生返事は。殺されたいんですか?」

「嫌ですごめんなさい」


にっこり笑って拳を握る彼女に慌てて首を振った
こういった人の変化にもとことん目敏い奴だ

今日は少し肌寒いだの、明日は晴れるだの、本当に他愛もないことを話しているだけなのにとても居心地がいい
この居心地の良さに何を気にすることもなく浸りたいのに、どうしても先程のこいつの笑顔が脳裏に張り付いて剥がれない
酷いめに遭いたくないから一応聞いてはいるが、やはり会話が頭に入ってこなかった


「…そうそう銀さん」

「あ?」

「実は私、この間突然見知らぬ人に道端で告白されたんです。もちろんお断りしましたけど」

「……ふーん」


新八からお前がノーと答えたことまで聞いた、とも言えず知らないふりをして答えた


「お前ももったいねーことすんなあ」


茶化して余裕をみせるふりまでした



「私を好きで好きでどうしようもないって人がいるんですもの」



「……はい?」

「そのくせ、そんな自分の想いを伝える気なんてさらさら無いんですその人」

「………おい、それ…」

「それなのに側にいろ、離れるなって必死に訴えかけてくるから離れられないんですよ。どう思います?」

「………ほっといてとっとと離れちまえばいいんじゃねーの。そんなどうしようもねー男」

「そうするんならもっと早くにそうしてるわ。それでも私が離れられないのは、その人求めてくるだけじゃなくちゃんと私にも与えてくれるんですよ」


それはそれは嬉しそうに幸せそうに妙は笑った


「なんも言わないんじゃなかったっけそいつ」

「ええ、驚くほど何も言いません。だけどわかってしまうんですよね。勘ですけどきっと間違ってないと思うんです」

「…ふーん。すげー自信」

「私の側にいつもいてくれるんですよ。それに」

「?」


こちらをじっと見て、綺麗に口元に弧を描いて笑ったその顔は、少し悪戯っぽくも見えた
年相応に見えるこいつのこの笑い方も俺は好きだった


「銀さんは私じゃなきゃダメでしょう?」


そう言われた俺は今どんな顔をしているだろう
きっといつも以上に間抜けな顔だと誰もが言うに違いない


「変な顔」

(あ、さっきの笑顔)


ふふと笑いながらそう言った彼女の顔を見てそう思った
滅多に見れないこの顔もちょっとは見る機会が増えればいい


「好きだから」


相手の気持ちがわかった途端、この言葉を口にするなんて(それもぼそりと独り言のようなものだ)本当に情けねーな俺
それでもしっかりと聞こえたらしく、少し驚いた顔をしてからすぐにまたふふと妙は笑った
その顔をああ、幸せそうだなあ と人事みたいに眺めていた



* * * * * * * * * *

「近藤さんも引き際だな」

「何がですかぃ?」

「あの女だよ。さっき偶然会ったんだが、万事屋の好きな羊羹を買っただの、初めて買ってやった時は美味い美味いと一人で一本平らげちまっただのそりゃあ楽しそうに話されてな」

「へぇ、そりゃそりゃ」

「ったくなんで俺が気ぃ使わなきゃならねーんだ……ておい。どこ行く総悟」

「面白そうだから近藤さんと眼鏡に報告してきまさぁ」

「…眼鏡は勝手だが近藤さんはやめとけ」

「きっとアフターケアはなんとかしてくれますよ。土方さんが」

「結局俺任せか!おいちょっと待て総悟!!」





ある日の夕方




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テーマ「人外ファンタジー」
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