※死ネタ


銀さん


姉上が……





休みを取った新八から万事屋に電話が掛かってきたのは数分前。
愛車をかっ飛ばして着いたのは、もう随分と通い慣れた二つめの自分の家。

だが辿り着いたそこは、自分の知っている家とはまったく別の場所のように、全てが冷えきっていた。


玄関の戸はこんなに冷たくなかったはずだ。

裸足で歩く廊下はこんなに冷たくなかったはずだ。

なにより、この家の中の空気はこんなに冷たくなかったはずだ。


いつもならガキ共のやかましい声が外からでも聞こえて、玄関を開ければあいつが得意料理だと言い張る物の焦げ臭い匂いが鼻をかすめて、それに続いて「今日も仕事はお休みですか」と皮肉を言いながら出迎えてくれる。


なのに今はガキ共の声も焦げ臭い匂いもあいつの声も気配も、何も無い。

全てがいつもと違って全てがどんよりと重い空気を纏っているように思えた。
空も生憎の曇り空で更に全てが重い。





祈るように襖を開けた途端、神楽の泣き声が耳に入ってきた。気付かなかったのが不思議なくらい大きな声だった。それを宥めようと背中をさすっている新八の顔もぐしゃぐしゃだ。嗚咽が漏れそうになるのをすんでのところで止めているんだとわかった。
部屋をぐるりと見回すと、今一番見たくない連中が揃っていた。急な事だったにも関わらずすっ飛んできたんだろう。
ゴリラは勿論のことその周りの奴らも目を赤くしていて、いつもの覇気も胡散臭さも消えていた。
鬼の副長だの腹黒だの言われている奴らも人の血が流れてたんだなと人事のように眺めていたら、新八が気付いて力無く歩み寄ってきた。
銀さん、姉上が、と掠れた声で数分前の電話と同じことを口にした新八の顔は青白く、とても見れたもんじゃない。
促されて、見ないようにしていた部屋の中心を仕方なく視界に入れると、周りの暗く重い空気からそこだけ白くぼんやり光って浮いてるように見えた。
一歩ずつ近付いていくにつれて血の気が引いていく。




「まじかよオイ」



白く浮いて見えたそこにはこんな場所には一番縁遠い女が寝ていた。



「冷てぇ…」



ずっと前から触ろうと思って何度手を引っ込めただろう頬に触れると、玄関より、廊下より、空気より、よっぽど冷たかった。





「お前、ミサイル打たれても効かないような奴だろ」


「らしくねーんだよこんな、青白い顔して冷たくて、こんな冷たい家じゃないだろここは。道場復興がこれじゃ先が思いやられるね」


「なぁ…」


「目ぇ開けろよ」


「頼む」







「お妙…」







「…妙」





何も言えない俺に、いつだったか意気地無しと言って拳が飛んできたことがあった。
それでも結局お前が望んでいる言葉を言わなかった俺を許さなくていいから、何十回でも何百回でも殴られるから、
そしたら今度は耳にたこができるくらい、もう言わなくていいって拳が飛んでくるぐらい言ってやるから、


起きて、言うのが遅いってまた怒って俺を殴った後に、


笑ってくれ。








嘘だと言ってよマイハニー





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