「銀さん」


少し先を歩いていた女に呼ばれて顔を上げると、そいつはこちらを見もせずに言葉を続けた。


「私今度、結婚するんです」


言ってから少し振り返ったその横顔はやんわりと微笑んでいた。



――――――――――・・・



「銀さん早くして下さいよ時間に間に合わなくなっちゃいますよ!」


特に焦る様子もなくダラダラと支度をしているのを見て痺れを切らしたのか、新八が玄関の方から声を上げた。


「わーってるよ、お前らちょっと先行ってろ」


「……」


返事がないので不思議に思い顔を出して見てみると、思い詰めたような顔をしていた。その隣に立っている神楽も同じ顔でこちらを見ている。


「…なんだよ早く行けって」


「銀ちゃん、ちゃんと来れるアルか?」


いっちょ前に気遣ってくれてるらしい。

二人ともはっきりとは言わないが、式場に来れるかどうかを聞いてるんじゃないことはなんとなくわかった。俺の精神的な問題を気にしているんだと思う。


「いくつだと思ってんだ、もういい大人よ?着替えるだけだからすぐ追いつく」


「…わかったアル」


「ちゃんと顔も洗って出てきてくださいね」


行こう、神楽ちゃん。そう言ってまだ心配そうに後ろを振り返る神楽を連れて玄関を出ていった二人を見送ると、小さいため息が出た。

ガキは知らない間に成長しているとゆうのは本当らしい。いつの間にかあんな顔をさせるぐらい気を使わせてしまっていたらしい。

いい大人だから、招待されたからには逃げ出すわけにはいかない。

いい大人のはずなのに、自分より一回りぐらい違う子供にあんなに心配されてる。

ろくなもんじゃねーなほんと。


少しゆっくりめに歩いていた二人に追いついて、それからは少し急ぎ足で、式場につくともう見知った顔で溢れていた。

キャバ嬢仲間はもちろんばばあにたまにキャサリン、長谷川さんまでいる。(ご祝儀はどうしたのだろう)

真撰組の連中も総出でその中に一人大声を上げて泣いてる奴がいる。なんのことはない、ゴリラだ。

部下と同じような紋付袴を着ているところを見て初めて、あいつの結婚相手はあのゴリラじゃないんだと知った。


結婚するんです、と聞いて頭ではやめろとか俺にしとけとかいろいろ台詞は巡っていたが、実際口から出てきた言葉は“おめでとさん”の一言だけだった。

どこかであいつは俺が貰ってやらなきゃ嫁の貰い手なんざねえと思ってた。

新八神楽定春の三人と一匹の万事屋。そこにあいつが加わって、春には花見をして、夏には花火をしてあの縁側で西瓜を食って、秋には月見をして、冬には雪ではしゃぐガキ共と一緒になって雪合戦をして。家族ってのはこうゆうのを言うんだろうなと何度か思った。

そんな事が変わらずにずっと続いてくんだと、続いてほしいと思ってた。

だけど想いを伝える意気地がない結果がこれだ。

そりゃあ何もしてこなかった俺も悪いが、こんな急展開あんまりだろ。



一応親族とゆうことで花嫁の控室に通され、そこにいた花嫁を見た瞬間息を飲んだ。

多分、窓から差す日光のせいだ、純白のドレスを身に纏いきらきらと輝いて見える花嫁はこの世のものではないような気がした。


「姉上、おめでとうございます」


「姐御すっごいきれいアル!」


「ありがとう二人とも。銀さんも、来てくれてありがとうございます」


そう言ったそいつの顔は本当に幸せそうで、この顔をさせるのは俺じゃなかったんだと改めて思い知らされた気がして、逃げ出したい気持ちが更に大きくなった。


「別にいーけど…まあ、あれだな、馬子にも衣しょ」


こんな時でさえ悪態をつくしかできなくて、言い終わる前にいつものように綺麗な右ストレートが決まった。


「他に言うことはありますか?」


拳を握ったまま花嫁が言った。

他に言うこと。言いたいことは山ほどある。
黙りこくった俺を見て、いつもならすかさず謝るのにどうしたのかと眉をひそめたのがわかった。


「いや…なんにもないです……旦那には優しくしろよ」


僅かに目を見開いたと思ったらすぐにいつもの鉄壁の笑顔で返された。


「当たり前です」


この場にいるのがもう限界で先に部屋を出ようとしたその時


「銀さん」


呼び止められ振り向くと、泣きそうな笑顔だった。


「さようなら」


訳がわからなかった。結婚したって江戸から出るわけではないことは新八から聞いてるし、それならたまにはどこかで見かけたりもするだろう。それなのに今生の別れみたいにさようならなんて言われてもどうしろとゆうんだ。どう返せばいいかわからなくて馬鹿みたいに相手の顔を呆然と見ていたら、なんだかどんどん遠くへ行ってしまう気がした。

いや、気がするんじゃなく本当にどんどんあいつとの距離が開いていってるではないか。

なんだこれとうとう幻覚まで見えはじめたかと考える余裕もなく、とにかく追いかけなければと思い走っていた。

全速力で走ってるつもりなのにうまく走れなくてもう見えなくなるぐらいに離れてしまって、届くわけもないのに思わず手を伸ばしたその時、目の前が真っ暗になったと思った瞬間見慣れた天井が目の前に広がっていた。手は天井に向かって伸ばされたままだ。


「は…?」


むくりと起き上がって周りを見回すと慣れ親しんだ自室だった。


「え、ちょっと待て落ち着け俺………まじで?」


近くの目覚ましを見ると10時を回っていて外からはとっくに活動を始めた世間の音が聞こえてくる。


「え、まじで?え?いやいやいやいやきっとこっちがあれだから、うん、しっかりしろ俺!ほーら痛くな……」


力の限り頬をつねると痛みが走った。


「…………………………………………………夢かよぉぉぉぉぉ!!」


一気に気が抜けて再び布団に倒れこんだと同時に酷く安堵している自分がいた。


「よかった…………いやいやなによかったって、だいたい夢の中ならいざ知らず現実であんなゴリラ女もらう男がいるわけねーし、そもそも」


「銀ちゃんうっさいアル。目ェ覚めてしまったヨ」


カラリと襖が開き神楽が目をこすりながら不機嫌そうに言った。独り言がでかすぎたらしい。


「姐御にフラれる夢でも見たアルか」


「ばっ!んなわけねーじゃん馬鹿じゃないの!馬鹿じゃないの!」


たまに見せるこの女の勘みたいなものにはぎくりとさせられる。


「……お腹空いた。今日の当番銀ちゃんだヨ」


やれやれと言うように鼻で溜め息をついてそう言うと、呆れ顔で去っていった。

最近のあいつは俺のことを心底バカにしてるんじゃないかと思う。

あながち間違っていない先程の神楽の指摘を思い出す。


「はぁぁー…まじかよ」


今の夢のせい、とゆうのかおかげとゆうのか、まあどちらにしろきっとこのまま余裕ぶっこいてると遠くない未来あれが正夢になっちまうぞ、とゆうことなのか。そう誰かに言われてる気がした。


「よっこいしょーいちっと」


おっさんくさい声を上げてようやく布団から出て事務所(とゆう名の居間)にいるだろう神楽に声をかけた。


「おい、今日は新八ん家で朝飯食おうぜ」


どうするかは顔を見てから考えよう。

せっかく忠告されたんだからあの夢の二の舞になることだけはないように。



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