今日は仕事は休みのはずだったのに、風邪を引いたから代わりに出てくれと突然家の電話が鳴っておりょうにに頼まれた。大したことはないんだけどお客さんにうつしたら大変だからと。
仕方なく重い腰を上げ支度を済ませて、今日は珍しく家にいて夕飯を一緒に食べようと準備をしてくれていた弟に事情を話して(久しぶりだったのにと肩を落とされた)家の門を出た。

近頃随分と暖かくなったなと思ってからふと、もう四月に入ったことに気付いた。
自分がいつも通う街は慌ただしく賑やかで、そんなところが気に入っているけれど月日の流れを忘れてしまうことがある。だけどそんな街から少し離れた自分の家からの道を歩いていると季節が巡るのが今みたいにふとした瞬間にわかる。

そんなことを考えていたらすぐに見慣れたネオン街に着いた。

「あ、来た来たお妙」

裏口から店に入るとおりょうがメイク台の前に座りマスカラをつけているところだった。
私は彼女の代わりに出勤することになっているはずなのになぜ彼女がいるんだろう。もしかしたらさっきの電話の相手ははおりょうじゃなかったのかもしれない。
訳がわからず扉の前に立ったままでいるとおりょうが言った。

「今日が何の日か知ってる?」

眉を顰めると更になんでもないようにおりょうは続けた。

「エイプリルフールよ」

「………おりょう……それは要するに、どうゆうことかしら?」

「ゲッ、ちょっと待ってお妙、ごめん、ごめんって。まさかそんなに怒るとは思わなかったのよ、お詫びに奢るからさ、ちょっと飲んできなよ、ね!そうしよ!」

慌てて謝る同僚と、すっかり騙された自分がなんだか可笑しくて気が抜けてしまった。

「…もう、しょうがないわね」


一杯飲んで帰ろうと思っていたら馴染みのお客さんに捕まってしまったり、お客さんそっちのけで酔って愚痴を吐いているおりょうの相手をしていたら、いつの間にか時計の針は日付を変えようとしていた。

「おりょう、そろそろほんとに帰るわね。ごちそうさま、楽しかったわ」

結局つまみだなんだと出してもらいさすがに全部負担させるのは悪いと思ったので、足しになればとテーブルの隅にそっとお札を置いたら目敏くそれを見つけられて、今日は私が奢るって言ってんでしょーが!と突き返された。


来た時と同じように裏口から外へ出ると少し肌寒く感じて、早く帰ろうと足を踏み出した時だった。
暗闇の中に見たことのある銀髪がぼうと浮かんでいた。あちこちに跳ねているその銀髪だけが目立っていびつな火の玉のようだ。

「何してるんです、こんな夜中にふらふらして」

「迎えにきた」

顔が暗闇に紛れてわからなくてもこんな銀髪はこの町に一人しかいないしやる気のないゆっくりとした足音で容易に誰かは想像出来たので、軽く嫌味を含んで言ってやったつもりだった。
しかし返ってきた言葉は予想だにしないもので不覚にも言葉を失ってしまった。
仕事場に迎えに来てもらうような、そんな間柄ではないはずだ。

「なんの冗談です?エイプリルフールだからって調子に乗ってるんですか?」

「や、ごめんなさい調子乗りました」

不意をつかれたのを悟られないよう笑顔を作って軽く右の拳を鳴らしてやるとすぐさま返事が返ってきた。

「金なくてよ、夕飯をあやかろうとお前ん家行ったら急に仕事が入ったって新八がすねててさー、そういや最近酒飲んでねーなと思って」

「言っときますけど、私を指名したところできっちりお代は頂きますから」

「今、金ないって言ったよね俺」

「お金がないなら内臓でもなんでも売って作ればいいでしょう。どうせ大して役に立っていないんだから」

「ははは冗談だよね?エイプリルフールだからだよね?」

「まったく、ほんとにタダ酒飲みに来たんですかあざとい人ですね」

引き攣った笑顔を見て半ば呆れながら言うと、急になんでもなさそうな顔をして男は言った。

「それもあるけどまぁ、半分は嘘つきに来た」

「どうゆう意味ですか?」

「どうって、そのまんまの意味だけど」

「…私を騙そうなんて100年早いわ」

「すいません、今のも嘘です」

「覚悟はいいですね」

このどうしようもない男に騙されるなんて自分のプライドが許さないと思った途端、まんまと騙された気がして制裁を与えようと拳を振り上げた時だった。


「だー!お、俺の嫁にこい!」


「………は」

あまりにも想定外の言葉が聞こえて、自分でも聞いたことのないような間抜けな声が出てしまった。
拳は男の顔面の寸でのところで止まっている。そのこめかみには冷汗なのか一筋の汗が流れていた。

「…帰ぇるぞ」

「銀さん」

逃げるようにくるりと踵を返して歩きだしたその背中に、思ったより落ち着いて声を掛けられた。

「吐きにきた嘘ってそれですか」

「……んなことより早くしろ、上着忘れたから寒ぃんだよ」

振り向いた顔はいつものようなだらし無い顔で、自分だけが先程の言葉をぐるぐると考えていることが馬鹿らしくなり、小さく溜息を吐いて隣に並んで帰路についた。


ただ彼は時計の針がもうとっくに零時を回っているのを知っているのだろうか。


嘘をついていい日




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