旧御礼文
※ホワイトデイ
別に後悔はしてない。
ちょうど一月前、歌舞伎町の街中でばったり会った顔見知りの少女にキスをしたことなんて。(正確には口ではなかったからキスといえるかどうかは置いといて)
それにばったりなんて偶然会ったみたいだが、本当は自分からどこかで会えやしないかとパトロールと称してうろうろしていただけだ。そう、自分の意思であの女に会いたいと思い、自分の意思でキスをした。
俺は自分が決めことには後悔なんてしないし、いつだって自分のすることは間違っていないと思ってる。
だから後悔なんてこれっぽっちもしてない。
ただ、あれから一度も顔を見かけなくなって、いつもなら一週間に一回はどこかで見かけていたのにおかしいとか、もしかしたらあれのせいで避けられてるんじゃないかとか、そんなことが頭を巡って少し不安なだけだ。
本当にほんの少し、爪の垢ぐらい不安なだけ。
だから、いつものようにぶらついて自販機で缶ジュースを買って取り出そうとしゃがんだ時、ふと自分の影に丸い大きな影が重なって見上げた先にここ何週間も見かけなかった顔があった時、ありえない程安堵している自分はいなかったことにした。
「なんでぃ」
久しぶりにみたその顔はいつもと同じように(もしくはいつも以上に)不機嫌そのものを表していた。
「…こないだはよくもあんな嫌がらせしてくれたなクソガキ」
「ガキにガキ言われたかあないね」
「あんなくつじょくは初めてアル……だ、だから」
「?」
「お"、おおまおまえに、しししかしえかし」
「はあ?何言ってるかわかんねーよ。とうとう脳みそ沸いたか」
「うるせー!仕返しに来たっつってんだヨ!」
そう言ってこっちにづかづかと近寄ってきたかと思えば、思いっ切り胸倉を捕まれた。
顔面を殴るつもりだろうか、それとも腹を蹴り上げるつもりだろうか。
なんにしろそうそう簡単にくらってやるわけにはいかない。簡単に避けられる自信もあった。
だがこの少女が仕掛けてきたことは、俺の考えの範疇を遥かに越えたものだった。
近付いてきた顔を見て、ああ頭突きか、と避けようとしたら思いっ切り口を押し付けられた。
余りにも勢いがよすぎて歯と歯がぶつかってガチッといい音を鳴らした。
この女はせっかく未遂だったものを、わざわざ自分から既遂にしてしまったのだ。
文字通り 開いた口が塞がらなかった。
「ふははは!どうだ!同じくつじょくを味わわせてやったアル!ザマーミロ!」
してやったり顔と引き攣った笑顔が合わさった不気味な顔でそう言って、こちらを振り向いたままわはははと笑いながらそこら中の看板やらごみ箱にぶつかって(多分気付いていないだろう。全部吹っ飛ばしながら前進しているから)走り去って行く少女を見ていたら吹き出すのを我慢できなかった。
(頬が赤く染まっていたのが見間違いじゃなければいい)