夏と秋のちょうど真ん中



夕方。
この季節だといきなり夕立がくるのは珍しくない。今もさっきまでのからからの天気はどこかへ去って、重苦しい雲が空を覆っている。
だがしかし。今問題なのは天気のことじゃない。むしろ天気なんてどうでもいい。

「銀さん、何ですかこれは?」
にっこりと微笑みながら額にはしっかりと青筋。笑うか怒るかどっちかにしろよ忙しい奴だな。とは口が裂けても今の状況では言えない。
「いやいやいや!違うからね!?それ俺んじゃないから!いや確かに俺が持ってたけど東城のヤローが勝手に「問答無用」
容赦なく拳が振り下ろされた。


久々に仕事が入り、1人でも人手が足りる程のちんけな仕事の報酬だったが、それでもアイスぐらい買って帰るかとコンビニに入ろうとした時、偶然こいつと鉢合った。向こうも仕事だったりスーパーに買い物に来たりでこの辺りで会うのは珍しくないし、会ったところで別にどうとゆうことはない。
だがしかし。(あれ二回目?)今日は運が悪かった。今日天秤座何位だったっけ。絶対最下位だよこれ。
互いに挨拶を交わして俺が懐をあさって財布を出した時だった。同時になんかの紙切れがひらひらと地面に落ちるのを見て瞬時にやばいと思ったがもう遅かった。落ちましたよとあいつが拾い、顔を上げたら既に額には青筋ができていた。
なんで中入る前に財布出したんだ俺。会計ん時出しゃよかっただろ俺。
手にしているのはいつだったか東城に渡されたどこぞの風俗店の名刺。


「ぐぼぶぇ!」
痛ぇ。いや痛いってゆうか何これ痛さ通り越してなにこれ?まさかこいつほんとにゴリラに育てられたんじゃあるめぇな。
「神楽ちゃんと新ちゃんがいるってゆうのに、見損ないました」
「その子供がいるのにみたいな言い方やめてくれる?俺あいつらのお父さんじゃないからねこの歳であんなでかいガキいるほどやんちゃしてないからね。大体金出してそんな店行かなくてもその辺の姉ちゃんひっかけて公園あたりでやぶへぇ!」
二度目の鉄拳が振り下ろされた。
ああ本当に今日はついてない。
遠くで雷が鳴り出した。そろそろ一降りくるだろう。

「なんだよなんでお前がそこまで怒るわけ!?」
やけくそで反論してみて三度目の鉄拳が振り下ろさるのを歯を食いしばって待ったが、それは振り下ろされることなく代わりにどこから出したのか、見覚えのある傘をぱっと広げて、

「そうですね。こんなゴミに感情的になるなんてどうかしてました。それじゃあさようなら」
と目も合わせずに吐き捨てられた。

いつの間にか土砂降りだ。

「おい」

なぜか呼び止めようとしてしまった。だっていつもだったらあいつは間違いなく三度目の拳を振り下ろしただろう。なのになぜ今日はそうしないんだ。目も合わせずに言い放った時見えた横顔はなんだったんだ。俺何か言ったか。反論しただけだろ。だって風俗の名刺持ってただけでなんであいつに怒られなきゃいけないんだ。あいつは俺の母ちゃんか。いや母ちゃんなら息子もこうゆうお年頃なんだとわかってくれるはず。

「お妙」

呼び止めても立ち止まらず大股に歩いていく背中にもう一度声をかけた。しかしそこそこ音量を上げて出したはずの声は掠れていて自分で驚いた。
どんどん小さくなっていく傘を見て、なんだかこのまま二度と会えなくなるような気がして無償に虚しくなった。それが嫌で気がついたら走っていた。

「おいって!」
腕を掴んで止まらせたがそれからはぴくりともしない。傘で顔も見えない。

「……なんで泣きそうなの」

傘の下から覗き込んだ顔はいつものお妙らしくなく歪んでいた。

「誰が泣きそうですか。殺しますよ」
言葉は相変わらず辛辣で声もいつものように凛としていた。

「なんで殴んなかったんだよいつもみてーに」
「いいえ、私が悪かったんです銀さんみたいな人間のゴミが何しようと関係ないのになんであんなに怒ってしまったのかしらすいません」
早口でぺらぺらと一気に捲し立てられた。いつの間にかつんとした表情に戻っていていかにも私には関係ありませんとゆう顔をしている。

そうだよ関係ないならあんな怒んねぇよ。母ちゃんなら温かく見て見ぬふりしてくれるよ。
あれ?
てゆうかじゃあなにこれあれ?いいのこれ勘違いじゃないよねこれ。


「関係なくもないしお前俺の母ちゃんでもないよな?」

「何言ってるんですか」
冷めた目でこちらを見ているが掴んだ腕の脈が異様に早くなったのがわかった。

これまじで勘違いじゃないよねドッキリとかだったら泣くんだけど、どうしようもなく恥ずかしい感じになるんだけど。

「じゃあさお姉さん」
「?」





「俺の嫁さんになりませんか」





更にばくばくと脈打つのを掌に感じた。


「………す」

俯いていてよく聞き取れない。

「え?」
「嫌です」



「……………え?ちょっと待ってまじで?え?まじで勘違い?………えぇぇぇぇ!!嘘ォォォォオ!!誰か嘘だと言ってくれェェ「いきなり結婚だなんて、ちゃんと段階を踏まないと嫌です」


………段階?ステップ?……………



「ほんとしっかりしてんな」
そういやこいつは鉄の女だった。隙がないとはこうゆうことだろう。
これからも全く敵わない気がして苦笑した。


「じゃあ、お付き合いでもしましょうか。妙」

「いきなり結婚だなんてこんなに気が早くて大丈夫かしら。しょうがないひとですね」

つっけんどんに言った言葉とは裏腹に、お妙は綺麗な顔で笑った。今まで見たどの笑顔よりも綺麗だったと思う。きっと俺にしか見ることができないだろう。
いつの間にか土砂降りの雨は止んで、雨上がりの夕焼けが空に広がっていた。


「女心と秋の空とはよく言ったもんだ」


土砂降りだったり、曇ったり晴れたり。ほんと、女は忙しないったらないわ。

「?何か言いました?」
「べっつにぃ〜」
そんなことを思いながらも口許が緩んでしかたない。神楽や新八が見たら気持ち悪いと言うに違いない。それも悪くないと笑って仰ぎ見た空はとても澄んでいた。



「銀さん、今度私がああゆうもの見つけた時には、覚悟しておいてくださいね」
「……………はい」

本当にこいつには敵いそうにない。





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