▼ 女心と春の空 (12/13)
いのは掌の中で指輪を弄び、物思いにふける名前をたびたび目撃していた。
普段自分から装飾品を身につけない名前だったから、オレからのプレゼントだとすぐに感づいたと言う。
「お前がいのたちを心配してるように、いのたちだってお前を心配してんだ」
どんなに自分が切羽詰まっていても、仲間への思いやりを忘れないのが木ノ葉の忍。
困った時こそ助け合う。
だから、
「一人で無理すんなよ」
サスケはいない。
ナルトもいない。
それでも自分にはまだ仲間がいると、サクラには明日、そう感じて欲しい。
名前がそう願うのと同じくらい、オレも名前に、名前を気にかける存在があるんだと、そう知っていて欲しかった。
「そっか、いの、私の事まで心配してたんだ」
「あいつはお節介だからな」
名前は首元の鎖に触れる。
その先で揺れる指輪は緩やかに流れる水の輝きを反射し、ようやく居場所を見つけられた事を嬉しがっているようだった。
満足そうにそれを眺める名前がわずかに体を寄り掛けてきたので、優しく引き寄せた。
「実を言うと、いのからは新しい指輪にするよう勧められたんだけどよ、アスマの先を越すのも悪いしな。今はまだ、それで勘弁」
「こっちの方が二ついっぺんに身につけられて幸せだよ」
でも、とオレの腕の中で名前は続ける。
「アスマ先生たち待ってたら、私たちずっとこのままかもね」
途端、桜の下で笑いが起きた。
確かに傍から見れば、上司であるはずのアスマたちの方が、自分たちより初々しい付き合いをしている。
そんな二人が結婚するのは何時になるんだろうか。
「それだけならまだいいけどよ、アスマと違って紅先生は見目がいい。下手したらアスマ、捨てられるかもな」
「それはないよ。紅先生、素っ気なく見えて、相当アスマ先生好きだって」
「分かんないぜ。女心と秋の空、って言うぐらいだろ」
「それ、誤用だよ」
すぐさま名前の訂正が入った。
「本当は、女心と春の空、って言うの。
春がだんだん暖かくなっていくみたいに、だんだん好きが大きくなっていくんだ」
いつの間にこんなに大人びていたのか、と思った。
柔らかく微笑む名前の横顔に、不覚にもどきりとさせられた。
――名前の心は、どんな空だろうか。
ふとそう尋ねたい衝動に駆られた。
が、それを尋ねる代わり、おあずけになっていた団子を差し出しながらこう言う。
「明日、晴れるといいな」
するとオレの大切な人は、満開の桜の下、満開の笑顔。
「きっと晴れるよ。だって、春だもん!」
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