▼ 女心と春の空 (9/13)
「やっぱり、失礼だったと思う」
商店街の人工的な明かりがなくなると、辺りは完全に夜の気配に満ちていた。
月明かりがあるおかげで夜道を歩くのにそれほど困らないが、それでも名前を一人で歩かせなくてよかったと思った。
しかし当の本人はそんな事よりも、ついさっき、先輩の誘いを断った事を気にしているようだった。
「いいんだよ。どうせあの二人も明日には花見に来んだ。そん時酌でもすりゃ、ころっと忘れるって」
「でも、シカマルも一緒にって、せっかく親切に誘ってくれたにさ」
「親切って……ありゃどうみても妥協だったろ」
「先輩の事悪く言わないの!」
いつまでもぶつぶつ言う名前を宥めようと、頭にポンと手をのせたら、鬱陶しそうに振り払われた。
オレの術でコテツ先輩の手を振り払わせた時と全く同じ仕種。
どうやら勝手に自分の体を使われた事を根に持っているらしい。
名前はオレをおき、ずんずんと一人で足早に歩き始めた。
しかしどんなに怒っても、冷静な部分は残っているのか。
オレから数メートルも離れると、心配そうに振り返る。
曲がり角がくると、追いつくのを待つ。
オレが送ると言った以上一人で帰るつもりはないらしかったが、これだと一体どっちが送られているのやら。
そう思うとやたら滑稽に感じたが、ここで笑えばますます機嫌を損ねる。
「――あ、名前、そこ左な」
何度目かの曲がり角で、いつもとは違う道に進むよう指示した。
「また先生たち?」
事情を心得ている名前はさっと辺りを見渡した。
しかし知り合いどころか人っ子一人いないため、不審そうにオレの方を見返す。
「ぼけたの?」
「……お前意外と怒ってんのな。ちょっと寄り道だよ、寄り道」
「何処に?」
「この先には河原しかねぇだろ」
「何しに行くの?」
「河原の桜は今夜から満開だし、一足先に花見しようぜ」
感情が表に出やすい名前が、頬を膨らませるのをやめた。
どこか惹かれるものを感じたらしい。
あと一押し、そう見積もって取って置きの口説き文句を繰り出す。
「夜桜ってのも、粋なもんだろ?」
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