▼ 春の悪戯 (4/6)
それは思ったよりずっと短かった。
私はおそるおそる下を見て、その距離といのの手の幅を見比べた。
絶対に違う。
いのが私をおだてて短かめに教えているんだと思った。
「嘘だ。絶対もっと高いよ」
「嘘じゃないよ。アンタさ、自分が立ってるの覚えてる? 目の高さまでを、おりなきゃいけない距離に入れて考えてるでしょ。だから怖く感じるんだよ」
「あ、そっか」
自分が感じていた恐怖心は、おりなければならない距離に対してだ。
だけどいのが言ったように、実際におりる距離は私が考えていた距離から、私の目の高さまでを引いたものだから――
私の考えが揺らいだ瞬間、いのはたたみかけるように言葉を重ねた。
「いーい? 着地するのは足なんだから。サクラの足から地面まで、たったのこれくらいしかないんだよ」
いのが言うとやけに簡単なことに思えてくるから不思議だった。
「でも……」
やっぱり怖い。
洗面器ほどの水しかなくても、人は溺死する。
たった一歩踏み違えただけで、人は足をひねる。
「大丈夫、サクラならやれるよ」
それでも揺らぐ私の決心とは対照的に、一貫してまっすぐないのの言葉。
そしてその言葉のあと。
いのが、言った。
「絶対に」
その瞬間、私は足を蹴りだした――
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