ひだまり | ナノ


▼ 黄昏に微笑む (7/16)

ふと、昔の私が走り寄ってきた気がした。

まだ肩にぎりぎりかかるぐらいの、短い髪だった私。
あの頃はまだ実践的な授業も始まっていなかったから、里の子どもたちとそう変わらない服装だった。
だけど普通の子とは違って、いつもどこかで人を見定める目つきをしていた。
私の目の前に立つと、軽い身のこなしで机に上がり、高い位置から見下ろしてきた。

時間帯が遅いからか、その目には陰りがあった。

「ねえ、今だから聞くけどさ、あのときの私って、あんたの目にどう映ってた?」

「どうって?」

「ほら、生意気だとか強がりだとか」

「正直言うと目に入ってなかった」

重い溜め息を、一つ。
名前はオブラートに包んで物を言うことを知らないらしい。
横目に見ると、名前は私の質問には関心がなさそうに絵筆を動かしていた。
しかしこれだけの即答、本心であることだけは確かだ。

思い出がまとわりついてくる。
少女は無邪気に笑い私の隣に座ると、膝を抱えて前後に揺れ出した。
と思うと、すぐ飽きたのか、今度は腕を絡ませ、上目遣いで覗き込んでくる。
これは幻覚だ。
触られた感覚はないけれど、妙な気分になる。
そして視線を合わせれば、その子はおもむろに口を開いた。
声にはならない声で同じことを繰り返しているのか、口の動きは規則的だった。
何を言っているのかしら。
そう思って食い入るように口元に目を凝らせば、答えは唐突に分かった。

「――それってもしかして、今も?」

名前はほんの一瞬だけ、怪訝そうな顔をした。
その段になって初めて、今の言葉を口にしていたのは他でもない自分だと知り、私ははっと肩を震わせた。
すぐに辺りを見渡すも、にっこり笑っていた昔の私は、忽然と姿を消していた。

「これでも感謝してるんですけどね」

「え?」

「同郷の忍との意思の疎通や情報共有。それってある程度人間関係がしっかりしてないと上手くいかないから。いのと一緒にいて、嫌でも身についた」

名前にしてはあまりに素直な物言いだった。
だからてっきりその後には当然ひどい嫌味がついてくるものと思って身構えていたけれど、それっきり名前は黙り込み、教室から出る素振りを見せた。
握られたバケツの中では、まだ淡い色合いの水が揺れていた。
照れ隠しに一旦退却しようとしているのはバレバレで、普段の調子を取り戻した私が吹き出すと、名前はちらりと振り返った。
私は名前に向かってニッと笑って言う。

「名前の人付き合いなんて、ようやく人並みってとこよ。ついでに人並みに恋でもしてみればぁ?」

「それは利益がないから遠慮する」

「恋愛に損得なんて関係ないない。一回でもサスケ君を見てみなよ。すごく格好いいからあんたも惚れるかもよ?」

「…好きになられたら困るくせに、そういうこと言っちゃう?」

名前は肩をすくめて、今度こそ水を汲み直しに行った。
生徒が下校し終えた廊下に名前の足音が反響し、角を曲がったあたりでぐっと小さくなった。
その音が聞こえなくなるまで耳を傾けながら、本当に名前の言う通りだと思った。

もしも、名前がサスケ君を好きになったら。
困るのは私だ。

そのとき、サクラがそうであったように、名前との関係も呆気なく壊れてしまうかもしれない。
だけど私があんな軽口が叩けたのは、そうならない自信があったからだ。

名前は変わらない。
こうして私が名前の隣にいるのは、名前が変わったからではなくて、私が変わったからだ。
元気で明るく、誰とでも仲良くなれるいのちゃん。
その殻を破った私は、サクラと張り合うことを覚えた。
そして同級生とは対等な立場であろうと心掛け、その延長線上に名前がいたから、私は今、名前の隣にいる。

水汲みから戻ってきた名前は出会った時と同じように無愛想で、影が薄いと見せかけてやっぱり絵はとびきり上手かった。
その日完成した絵を、名前は私にくれた。
オレンジの光に包まれ、名前に向けた一瞬の笑顔をきれいに咲かせていた私は、絵の中でこの上なく幸せそうにたたずんでいた。
しかし幻想的な時間を見事に切り抜いたその一枚は、次の日にはもう、早々に遠い思い出へと変わっていた。

運命は皮肉だ。
私の親友は、ことごとく私の好きな人によって心を奪われてしまっていた。

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