▼ 黄昏に微笑む (5/16)
「何、これ…」
文字だらけだと思っていたページにあったのは、一面の花畑だった。
一ヶ月ほど前、スズメ先生が連れて行った花畑だと、すぐに分かった。
あのときは女子だけの課外授業で、生け花に使う花を摘みに行った。
花はどれも特徴をとらえて描かれていて、青空の下でのびのびと学習していたあの日をありありと思い出せた。
中でもひときわ私の目をひいたのが、ふじばかま。
引立て役の花のはずなのに、もっと言うならもう少しでノートからはみ出そうってくらいにはじっこでひっそりと咲いていたのに、私にはこの絵の主役に思えてしょうがなかった。
どこにあっても存在感のあるその花を、どれくらいの時間見入っていたんだろう。
「のぞき見なんてー山中さんったら、趣味悪ーい」
抑揚のない声にはっとして、ようやく教室のざわめきが返ってきた。
名前はとくに感情のない顔で、じっと私の方を見ていた。
「ずっと絵、描いてたの?」
「まあ、そんなとこ」
返せとばかりに出してきた手を無視してページをめくると、しばらくして諦めたのか、大げさなため息をついて名前が席についた。
名前の絵は、すべて白黒の濃淡だけで描かれていた。
この教室を描いた絵もそう。
だけど、窓から差し込んでいる光が夕日じゃなくて朝日なんだと、なぜか私にはすぐに分かった。
だってそこには一日が終わる物悲しさじゃなくて、一日が始まるわくわくが詰まっていたから。
だから名前は、いつも早く学校に来てたんだと、直感で分かる。
この風景を知っていたから早起きも苦ではなかったのだ。
名前の思いがけない特技を発見した私は興奮がおさえ切れなくて、ノートを閉じると身を乗り出して話しかけていた。
――それは消し去りたい過去の一場面。
「あんたさぁ、友達いないでしょ。寂しくない?」
私は悪気もなくそう言ってのけた。
名前の唖然とした顔を、私は今でもはっきり覚えている。
普段人と目を合わす事のない名前が自ら私を凝視してきたからだ。
真っ正面から向き合った名前の顔。
そこには侮蔑の色が浮かんでいた。
なんて傲慢だったのだろう。
自分が優位に立っていると思っていなければ思い浮かぶ事こともなかっただろう、最低な言葉だ。
思い出しただけで鳥肌が立つ。
だけど当時の私はただ純粋に、名前がアカデミーの皆と仲良くなれば楽しくなるのにと、本当に純粋にそう思っていた。
名前の考えが違うと悟ったのはその直後だった。
「それって、友達になろうってこと?」
問い返した名前に、親しみを込めて笑った私がうなずくと、名前は変わらぬ調子でまた口を開いた。
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