▼ 黄昏に微笑む (3/16)
「……のぞき見なんて趣味悪いわよね」
むっとした私は、事情を知らない人が聞いても分からないよう、前置きもなくいきなり昨日の話を切り出した。
「いやだなぁ、私の景色に山中さんと春野さんが割り込んできたんだよ」
私の言葉に思い当たることがあって名前も返事をするけど、悪びれる様子はまったくない。
「それじゃあなに、私たちより先にあそこにいたって言うの?」
「そうなりますね」
「でも、だからって盗み聞きはおかしいんじゃない?ふつーそんな話してたら、聞かなかったふりするか、立ち去るでしょ」
世間一般の常識を語ったはずなのに、名前はきょとんとした顔になり、
「じゃあ山中さんはさ、小鳥が鳴いてるの聞いたら、気をつかってその場を離れたりするわけ?」
悪びれた様子もなくそう聞かれて、私は次の言葉につまった。
名前からすれば、私たちの深刻な話し合いも、小鳥のさえずりも、同列なんだ。
聞こえはするけど、意味のないただの音。
暗にそう言われた気がした。
すると途端に自分が下らないことにこだわっている気がして、言い返す気力も奪われる。
ちょうどそこにイルカ先生が入ってきた。
それをきっかけに会話は完全に立ち消え、私たちは元の他人同士にもどる。
「出席とるぞー、席につけ!」
立ち話が終わりそうにない女子に注意しながら教卓につくと、イルカ先生は出席簿を開いた。
ぱっと見て人数が足りなければいないのが誰か確認する、それだけでいいような気もするのに、先生は毎日きちんと出席簿と照らし合わせて点呼する。
一人ひとり、丁寧に。
クラスメイトの苗字を呼ぶのは、イルカ先生か名前だけだ。
「――春野サクラ」
「はい!」
生き生きとした声につられて顔を向ける。
サクラはサスケ君の後ろの席に座り、にこにこ笑っていた。
もう、私を必要としていないサクラだ。
サクラは、いつからあんなに変わったのだろう。
つい昨日まで友達だった相手のことを考えると、胸が苦しくなった。
自分とサクラの過ごした時間が、なんだったのか分からなくなった。
私はあの子に憎まれるために近づいたわけではないのに。
「――の、山中いのは欠席か?」
「あ、はーい、います!」
私は慌てて手をあげる。
イルカ先生は私の声が意外なところから聞こえてきて、初めて異変に気づいたみたいだった。
それでも席は自由だから、特になにも言わない。
ただキバが面白がるように身を乗り出して顔をのぞきこもうとするのが嫌で、私は思いっきり睨みつけてやった。
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