▼ 肉食系女子 (5/10)
「い゛ーや゛ぁーーッ!!」
急に立ち上がって、膝の上のまんじゅうを落としかけた私を、チョウジはすかさずフォローした。
「なに、どうしたの、まんじゅうが怖い!?」
チョウジは早口で聞いてきた。
私の騒ぎように慌てているというより、すでに自分の物になりかけているまんじゅうへの、最後の許可を待っているようだった。
だがこちらは、まんじゅうどころの話ではない。
「違うわボケェ、この姿を見られたって言いたいんじゃあ!!」
「え、ちゃんと服は着てるよ!」
「そりゃ服は着てるさ、この張り裂けそうな肉のせいでぱつぱつだがな!」
頭を殴れば記憶が飛ぶなら、渾身の力で幼児期まで退行してもらったことだろう。
しかし現実にそんなことできないと知っていた私は、醜い体を隠すように、その場でうずくまって動けなくなった。
これが家族だったらマシだったのに、よりによってクラスメイトに見られたのだ。
私の学園生活は終わりだ。
だがそう思っていたのは私だけのようだった。
「…べつにそのくらい、ふつうなんじゃない?」
チョウジはそう言ったが、彼のお腹と見比べられても嬉しくない。
「男子はよくても、女子はデブなんてありえないのよ!」
「ボクはデブじゃない、ぽっちゃり系だ!!」
「私がデブだって言いたいの!」
「名前がデブなら、ボクもデブになっちゃうじゃないか!」
「じゃあ私は何だって言うのよ!」
地面で丸くなったまま、顔だけキッとチョウジに向けた。
「名前は…」
「私は?」
「名前は……」
「私は!?」
「そう、ちょっとふくよかなだけだよ」
私は目を見開いてチョウジを見る。
大袈裟な話だが、閉じていた世界が、急速に戻ってきたような感覚だった。
教室に残っていた先生が、黒板消しをはたく音が聞こえた。
赤らみはじめた太陽が、背中をあたためているのが感じられた。
小鳥は空を気持ちよさそうに羽ばたき、まんじゅうはまだ出来たての香りを放っていた。
世界は何も変わらずにそこにあり続けた。
チョウジは私を憐れまずにそこに立ち続けた。
それが当たり前だというように、堂々としていた。
「――ふくよかって響きに、ちょっと救われたの」
私が言うと、いのは優しい笑みを浮かべた。
「名前って背が伸びるのが早かったから、体が丸みを帯びるのも、周りよりちょっと早かったのねー」
「いや本当に太ってたよ。ふつうの姿で走ったら、二の腕の肉が波うってたと思うもん」
「わお、それは忍としてちょっとアレね…」
「そうそう、さすがにアレだよね」
分かったふうにうなずき合うと、途中から面白くなってきて、目が合った瞬間、二人で吹き出してしまった。
「あー笑ったらお腹すいちゃった」
「私もしょっぱいものの次は甘いものが食べたい気分」
「そしたら甘栗甘に行かない?」
「行く行くー!今日は9のつく日だから9%オフなんだよ!」
それはお得ねーと、いのと話しながら移動を始める。
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