▼ 肉食系女子 (3/10)
放課後になって改めてイルカ先生に呼び出されていた私は、がっくりとうなだれて職員室を後にした。
くだらない理由で出遅れてしまったのだ。
本日入荷分のポテチもまた買い占められてしまったに違いない。
ぶどうに梨、柿、栗、かぼちゃ――。
私の頭の中は秋の味覚で埋めつくされていた。
秋ほど心浮き立つ季節はないと思っていたが、そこにサツマイモが欠けるだけで落ち込んでしまうとは我ながら情けない。
しかしあのポテチは特別だった。
誰にでも愛されるポテチの会社として創業してから早二十周年。
業界最大手が総力をあげ開発し、満を持して発売された努力の結晶だと宣伝されていた。
ふだんはお菓子を食べない大人でさえ、話題になっているし一度は買ってみようかと思うレベルだ。
極限まで素材の味を引き立たせ、それでいてポテチである意味を忘れさせないその味わい。
一枚一枚を縁取る紫は、ただの芋の皮だとは言わせぬ、もはや芸術的な彩り。
ぱりっと心地よい音をさせ頬張れば、ほどよい塩気に手が止まらないのだろう――しかし、すべては私の想像だ。
なぜってまだただの一口も食べていないのだから。
それを流しこむように食べたチョウジを思い出す。
朝の出来事だというのに、またふつふつと怒りが沸いてきた私は、腹立ちまぎれに勢いよく教室の扉を開ける。
とっくに全員帰っているものと思い込んでいたが、なぜかそこにはいのがいた。
いのは私と目が合うと、片手をあげて挨拶してきた。
「ハロー。これなーんだ?」
そして机の下に隠していたものをさっと取り出す。
私はいのの隣の席を、椅子取りゲームの素早さで確保した。
「いの様…!!」
かたく手を握り、女神を崇める視線でいのの顔と、そして掲げられた左手の先にあるポテチを見つめる。
目は口ほどに物を言うとは言うけれど。
私の視線だけでの訴えは見事に伝わり、いのは私の頭の上に袋をポンとのせて言った。
「見返りはちゃんともらうわよ」
――何でこんなことを話す羽目になったのだろう、と思う。
いや、それは、光の速さでポテチを完食してしまったからに違いはないのだが。
なぜいのがこんなことを気にするのだろう、という意味での疑問だった。
「名前がチョウジと仲良くなったきっかけ、教えてよ」
私がまだ指についた塩をなめているうちから、いのは興味津々といった様子で急かしてきた。
もどかしいのか、私がハンカチを取り出そうとするとウェットティッシュを投げて寄こしてくる。
その気遣いに抜かりないなと感心しながらも、うならずにはいられなかった。
「…あれが仲良く見えたの?」
すごいね、いのは。
そうつぶやくと、いのは快活に笑った。
「あれが仲良くなくて、誰が仲良しだって言うのよ」
「そしたらいのとサクラは大大大親友だね」
「何か言った?」
「いえ何でもないです」
機嫌を損ねる一歩手前で、いのはまた調子を取り戻したようだった。
「とにかくチョウジが自分から女子に話しかけるなんて、それだけで一大事なのよー!」
バンバンと背中を叩かれ、ああ二人は幼なじみだったなと思い出した。
特に仲がいい覚えはなかったが、何か話してやらないことにはいのの気も晴れないだろう。
「…じゃあ話すよ。あれは何年前のことだったかな――」
それらしい語り出しをしたはいいが、そのときの私の頭の中はまだポテチの余韻に浸っていた。
prev / next
←back