▼ 6.痛みに誓う決意 (10/13)
勢いよく流れる血液は、皆を驚かせるのに十分な効果を発揮した。
鮮やかなその赤はきっと動脈のもの。
狂気じみたその行動は、ナルトとしても思慮あってのものではなかったはずだ。
突発的な気持ちの高まりに身を任せる。
それはかつてのソラが愚行だと鼻白んだ類のものだろう。
芝居がかった自己満足だと。
だけど今の私はどうだ――ソラはナルトをまっすぐ見つめる。
「オレってば、強くなってるはずなのに、どんどん任務こなして、一人で毎日、術の特訓もしてんのに…。
オレってば、もう二度と助けられるようなマネはしねぇ…。怖じ気づいたり、逃げ腰にもならねェ…。オレはサスケには負けねェ…」
堪えきれない何かをそれでも必死に押し殺して、自分の思いを拙い言葉にして紡ぎ出す、その背中が、
「この左手の痛みに誓うんだってばよ。オレがこのクナイで、おっさんは守る!」
たまらなく愛しい――。
後先考えずに自分を押しとおす。
それはソラがずっと出来ないでいたことだ。
“あのこと”が、あってから。
ナルトの決意に一同が息を呑む。
サスケですら茶々を入れずに成り行きを見守っている。
ここで初めに動くのはカカシだ。
いつもの飄々とした軽い感じで、ナルトのそばに忍び寄り、出血多量で死ぬぞとささやく。
「…………」
予定なのだが、なかなか次のステップに進まない。
痺れを切らしたソラが様子を窺うと、カカシとばっちり目が合った。
「なっ…」
里を出て初めて、だった。
ナルトの傷口とソラを交互に眺めて、口をつぐんでいる。
まさか――ソラの背中を冷たいものが流れた。
まさか、この人は、私を物語に引き込んでいるんじゃ…?
ソラの存在が有り得ないはずのこの世界。
本来なら円滑に事が運んでいくはずだった。
しかし今この瞬間、物語を進めるキーパーソンの彼が、発言を戸惑っている。
視線の先の少女がカカシの考え事に関与している確率は極めて高かった。
人の目に敏感なソラだが、さすがにこれは自意識過剰ではないだろう。
となると、カカシが危惧しているのは、ほぼ間違いなくソラの安否だ。
面倒なことになった、とソラは思う。
せっかく息を殺し存在を最小限に押しとどめていたのに、これでは今までの努力が無意味になってしまう。
カカシには悪いが、ここは潔く決断してもらわなければ困るのだ。
ソラがいなければ、万事上手くいく。
アニメやらマンガやらをよく知らないソラにだって、たった数話で放送が終わらないことは知っている。
つまり、主人公であるナルトの近くが最も安全。
この任務で七班の誰かが死ぬという急展開はまずないとみていい。
ここでこの任務を放棄するのは簡単だ。
しかしその結果としてナルトの成長を止めるようなことになれば、物語は書き換えられ、もはや安全な地などどこか分からなくなる。
――自分で招いた展開だ、私が修正させないで、誰がする。
誰にも出来るわけない。
この世界の未来を知るのは、ソラだけなのだから。
確かにこのまま任務続行しても、ソラという異分子がいる以上、いくらでも物語が本筋から逸れる可能性はある。
それを分かっていても、ソラは言わずにはいられなかった。
「カカシ先生」
「ん?」
「私たち五人と、それに敵が二人。他に人はいますか?」
「――いいや、いないよ」
ナルトの成長に賭けてみたい。
自分を変えたこの忍者を、最後まで信じてみたい。
心から、そう思ってしまったのだ。
prev / next
←back