▼ 5.波の国へ超出発! (8/10)
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「お願いだから、静かに準備をしてくれ」
暗い室内に、耳元で聞こえる低い声。
急かされるように火影の元をあとにしたソラは、家に入るなりイルカに猛抗議しようとした。
しかしその気配を悟られたのか、ソラは口を塞がれ、そのまま暴れないよう壁に押しつけられていた。
優しい先生とばかりに思っていた。
けれど、やはり相手は大人だ。
ソラは両手でイルカを引きはがそうとしたが、力で敵うわけもなかった。
「いいか、離すぞ」
ソラがこれ以上暴れないと分かると、イルカ先生はゆっくり身を引いた。
「イルカ先生ッ」
「いいから、支度をしながら聞いてくれ。あんまり遅いと怪しまれて計画がパアだ」
「支度って…だから、この任務、私が行ったら危ないです!」
「大声を出すな、外に誰がいるか分からない…!」
家の電気がつけられた。
テーブル下に置いてあったリュックを見つけると、動かないソラのかわりにイルカが手当たり次第に服を詰め込みはじめた。
いくら年が離れていても、下着にまで手を出されてはたまらない。
ひとまず大人しくその作業を引き継ぐソラを見て、イルカは話し出す。
時間を惜しんでか、やたらと口早な伝達だった。
「これはカカシさんが計画したことなんだ…。里の外には、木ノ葉にはない秘術でソラを元の世界に戻す方法があるかもしれない。だが木ノ葉には、オレがそうであったように、ソラを里に置くのを快く思っていない奴もいる。だからあんまりソラを甘やかすようなことを表立って出来ないんだ。
――おそらく里の外に出せるのは、このチャンスを逃せばしばらくないだろう…」
「でもイルカ先生、私この後どうなるか知ってるんです。強い忍に会います。だけど皆は死なない。カカシ先生がいるから。…だけどそこに私が加わったら?誰かがしなくていいケガを負うかもしれないし、死ぬかもしれない」
「強い忍?Cランク任務でそれはないはずだ」
「だからCランク任務どころじゃないんです。イルカ先生は私が異世界から来たってもう認めてくれてるんですよね?だったら私がこの世界の未来を知ってるって、分かってますよね!?」
ソラが押し切ると、沈黙が流れた。
考え込むイルカ先生。
ようやく話が通じたと安堵しかけたが、返ってきた答えはソラの望むものではなかった。
「…忍は常に死と隣り合わせだ。それにカカシさんは強い」
唇をきつく噛んでイルカを睨む。
結局ソラがじたばたするだけで、効果はなかったようだ。
――私はただ、誰にも死んで欲しくないだけなのに!
「それでも!そんなあるかも分からない希望にかけて、皆を危険な目に合わせらません。私はこの任務に行くべきじゃない」
「ソラ……」
イルカの声が急に潜められた。
「オレたちを信じてくれ……」
切実な訴えかけだった。
肩に手をかけられ、大人がこんなに悲痛な言葉で語りかけるのであれば、子供のソラにはもう覆しようがない。
しかし黙って従えば、仲間を危険にさらす未来がより鮮明なものになってしまう。
もうどうすればいいと言うのだろう。
何も言い返さずに胸に頭をぶつけるソラを、イルカは優しくなでた。
「…それに、何も手がかりがないわけじゃ、ないんだ」
「え?」
ソラは思わず顔を上げてイルカを見つめる。
その目は、嘘をついているようには見えなかった。
「なんですか、それ」
「黙って聞いてくれるか?」
うなずく以外の選択肢はない。
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