▼ 4.ヒコーキ雲 (10/13)
風が、吹いた。
ベンチの隣に置いておいた籠が、音を立てて倒れる。
上空も風の流れが激しいのか、雲が急ぎ足で通り過ぎていく。
「よし、帰るか」
ふいにシカマルが起き上がると、風に飛ばされたゴミを拾い集め始めた。
もっとゆっくりしていくのかと思った、ソラがそう言うと、シカマルは空を見上げて答えた。
「雲がねー空は物足りねェ」
そこにはもう、快晴と言っていいくらい、真っさらな青空が広がっていた。
「雲見るのが好きだったんだ」
「まぁな」
「私も、飛行機雲を見つけると、なんか嬉しかったな」
「ヒコーキ雲?なんだソレ」
ソラの手がはたと止まった。
あ、そうかと思い出す。
この世界には飛行機がないのか。
いくらソラの想像を超えた術が使えても、この世界の人はまだ空を飛ぶ技術がない。
だから、飛行機雲もない。
変わりなく見えた空でも、違いがあるのだと思いながら、空を仰いだ。
「私の世界には、飛行機っていう空を飛ぶ乗り物があってね。その飛行機が、詳しくは知らないけど、ある条件下で人工的な雲を作り出す…それが飛行機雲」
「どんな雲だ?」
「んー長い雲?飛行機が通ったあとに出来るから、それに沿って細長く伸びてる感じかな」
「へー、すげェじゃん。そんな雲見たことねーや」
不敵に笑う。
少し小馬鹿にしたようなその笑い方が、きっと彼の最高の笑顔だ。
そう思うとソラはなんだか妙に嬉しかった。
「さーてと、そろそろ行くか」
来たときと同様に、シカマルは自分のペースで勝手に動き出した。
ソラはその後を弾む足取りで追いかけた。
「あーあ、シカマル君につられて任務さぼっちゃった…」
階段を下りながらソラが恨みがましく言うと、思いもかけない言葉が返ってきた。
「ンなもんとっくに終わってるってーの」
ずっと寝転んでいたのだ。
そんなはずはない――そう思っていると、ちょうど角を曲がった遠くのところに、いのとチョウジがいた。
「シカマルー、ソラー、任務終了ー!!」
「ボクたちは先に焼き肉屋に行ってるからねー!」
「馬鹿、一緒に行くのよっ」
走り出そうとしたチョウジをいのが一発殴って、首に巻いていた布切れを引っ張りながらこちらに向かってきた。
「ほーらな」
チョウジの焼き肉パワーといののサスケパワーがあれば、オレが何もしなくても勝手に終わらせてくれるっての。
そう言って歩き出したシカマルが、ふと思い出したように顔だけ振り返った。
「そういえば、お前が帰りたくなさそうな顔してっから、どんなひどい世界かと思ってたら…」
一瞬、空を見上げて、また視線を寄越す。
「あんがい楽しそうじゃん。よく分かんねえけど珍しい雲もあるみたいだし」
――オレもいつか行ってみてーかも。
そのからかうような視線の中には、優しさもあって、ソラはにやりと小さく笑った。
「そう簡単に行けるもんなら、私もさっさと帰ってるよ!」
それからシカマルの頭をど突き、いのを目指して猛ダッシュした。
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