▼ 3.新しい服 (3/11)
「気に入ってくれたのは嬉しいけど…ソラさんって白いんだし、もっと肌出した方が似合うと思うな?」
「あ、あはは。そんなことないよ」
作り笑いも上手くいかない。
この調子だとサクラの勢いに押し流されそうだ。
肌を出すなんて冗談ではない。
逆にもっと着込みたいくらいだ。
ソラは助けを求めて友人を探すが、見栄をはって大きな犬を選んでしまったナルトは、遥か遠く、小さな点になっている。
カカシは愛読書片手に、大人気もなく夢中の様子。
物語も佳境なのか、任務開始時からまともに話をしていない。
しかし助け舟は思いがけないところからやってきた。
「……べつに、服なんて着てりゃあいいんじゃねーの」
川沿いに差し掛かった頃、サスケが口を挟んできたのだ。
「それにそいつもノリ気じゃねーみたいだし」
そう言ってソラを横目で見る。
「そ、そうかなー…。ソラさん、遠慮してるだけだと思うんだけど…」
「そんなことないって!」
「でもその格好だと、任務に同行するとき、大変じゃないかしら」
「なにもそいつにやらせるわけじゃないから平気だろ」
「それはそうだけど…」
なんとなく腑に落ちない、そんな雰囲気を醸しているサクラ。
ソラの知るサクラは、サスケに言われれば、ころっと意見を変えてしまうような恋する乙女だった。
それがたかが服一枚にそこまでこだわるとは、女の子の買い物欲はなんと恐ろしいのだろう。
もはやソラは自分がサクラと同じ性別であることを忘れていた。
それほどサクラの執念は凄まじかった。
「明日非番だし、一度くらいソラさんと買い物に行ってみたかったんだけどなー」
「せっかくだけど遠慮を…」
「あーあ、せっかく仲良くなれてきたと思ったのになー」
「――ッ」
「本当に残念だなー…」
がくっと肩を落とした少女の声音に、言葉以上のがっかりが滲んでいたわけではなかった。
かと言って、せっかく出来た仲間を、落ち込むままにしておくのは気が引ける。
「……あの、サクラちゃん?」
「なぁに、ソラさん」
ゆっくりと、サクラはソラの方を振り返った。
出会ってからわずか数週間。
しかしサクラは確実にソラの弱点を見抜いている。
そう、ソラは女の子にはめっぽう弱かった。
カカシには「先生」をつけ、サクラには「ちゃん」をつける。
人との距離を敬称をつけることで表していたソラが、ナルトとサスケのことは呼び捨てにしている。
この違和感に気がついたのは、サクラだけだった。
「ああ、それは…。私、女の子の友達、いなかったから。どう呼んでいいのか分からなくて」
歓迎会の帰りに尋ねられたとき、ソラはあっさり白状した。
「でもそのわりには親しげに呼んでくれるわよね」
「そうかな、もしかして馴れ馴れしかった?」
「そうじゃなくて…私も昔は引っ込み思案だったから分かるんだけど、ソラさんは、私の名字も知ってたわけでしょ?」
「うん」
「だったら春野さん、でいいじゃない?」
さすがに、女の勘は鋭い。
距離が空いているのは認めるけれど、いずれ縮まればいいと思っている。
ソラのサクラの呼び方には、そんな複雑な心情が反映されていた。
あのときサクラは深追いすることはなかったけれど、なんとなく感づくものがあって、今もわざと大げさな笑顔で呼びかけに応えたに違いない。
これは罠だ。
ソラの頭の中で警報が鳴り響くが、やはり勝てない。
罠だと知りつつも、答えは決まりきっている。
「明日、一緒に買い物行きませんか?」
言い慣れない台詞は棒読み気味になり、まるでエセ外国人のようだった。
しかしこんな一言で誰かを喜ばせられるなら安い物。
手を取って喜ぶサクラに合わせて笑いながらも、ソラは背後からのサスケの冷たい視線をはっきりと感じていた。
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