▼ 2.出会い-後編- (7/10)
ナルトが帰って来たのは、帰り道を賑わす人々の活気が遠のいた頃。
ソラが外で寝起きして六日目の夜だった。
「――なにしてんだってばよ」
引きずるような足音が近づいたかと思うと、修行帰りなのか髪はくたくたで、服もどろどろに汚れていたナルトが姿を現した。
「お帰りなさい」
ソラは読んでいた本に栞を挟むと、服についた砂を払いながら立ち上がった。
同じ姿勢で長時間座っていたせいで腰が軋むようだった。
軽く伸びをしてから、立ちすくんだままのナルトに近づいていく。
「いや、だから何してんだってばよ?」
「待ってたの」
「オレを?」
「そう、ナルトを」
そう言って揃えた指先でナルトを示すと、何を勘違いしたのかナルトはその掌をまじまじと見てきた。
まるで猫のような仕種。
狐はネコ科だったかと考え出しそうになったとき、何か食べ物でも出てくると期待していたのか、ナルトのお腹が盛大に自己主張をした。
ハッとするナルトは、そのついでに夕食が済んでいないことを思い出したらしい。
「いま何時だと思ってんだ?」
お腹に手を当てながらそう聞いてきた。
「さあ、夜の七時くらい?」
「なんでこんな時間に…」
「謝りたかったから」
「え?」
「ごめんなさい」
勢いに任せて深々と頭を下げる。
左右で結んでいた髪がソラの顔の横で揺れた。
「なんでだよ」
「ごめんなさい」
「だからなんで…」
「私が悪かったんです」
「ちげーよ、そういうことじゃねーよ」
夜の空気が緩やかに掻き回されたような、そんな気配がした。
ナルトは、自分の家に逃げ込むわけでもなく、真っ直ぐソラに歩み寄ると、頭を下げたままのソラの視界の隅に足先がちらりと見える距離で止まった。
「なんで謝ったり、すんだよ」
強い感情を押し殺しているかのように、ナルトの声は震えていた。
「私の発言は不適切でした。申し訳ありませんでした」
「だから、そうじゃねーだろ?」
ナルトに畳み掛けられ、ソラは言葉を失った。
馬鹿だ馬鹿だと見下していたけれど、この馬鹿は何も考えずに人の考えを見抜く。
そうだ。
これは形だけの謝罪だ。
自分は悪くはない、保護されているという事情さえなければ謝る義理はないと、心の奥底ではそう思っていた。
ソラがこうして頭を下げるのは、世間体を気にしているから。
例えごめんの一言に心が込められていなくても、相手を立て、自分をへりくだらせ、プライドを満足させてやれば、解決する問題は確かにある。
それが根本的な解決には繋がらなくても、世の中は騙し騙し回っていくもの。
ソラはこれまでそうやって生きてきた。
しかし仮にも額当てをした忍者は、それでは許してくれないらしい。
ナルトはソラの両肩を掴むと荒々しく体を起こし、吐き捨てるように言葉を紡いだ。
「なんで…」
殴ればいい。
それで気が済むなら、それもまた良し。
口はおろか手まで出したら、客観的に見て悪いのはナルトになる。
「なんで、」
殴ればいい。
カカシは止めたけれど、ソラはあのとき病室で殴られてもいいと思っていたほどだ。
そうすればこちらの非は帳消しになる。
「なんで珍しくオレから謝ろうとしてんのに、先越すんだよ。調子狂うだろ…」
「……は?」
可愛げもなく歯を食いしばっていたソラは、一瞬、この展開に似つかわしくない言葉を聞き間違えたかと思った。
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