「これ、お土産ね」

そういって彼女が差し出したのはクッキーでした。お土産ということはどこか旅行にでも行ってきたのでしょうか。見れば真田くんにも渡しているようですし、クラスの方全員に渡しているのでしょうか。しかし彼女は違うクラスではありませんでしたっけ。

「ありがとうございます」

それはともかく善意で買ってきていただいたものを受け取らないというのも悪いですし(紳士的に考えて)ありがたく受け取ることにしました。しかし、受け取ろうと手を差し出すと、クッキーは彼女の手をすり抜け地面に落ちてしまいました。

「あっ」
「うわ、ごめん柳生」
「いえいえ気になさらず」

落ちたクッキーを拾おうと体を縮めたところで、気が動転したのか彼女はクッキーを踏み潰してしまいました。

「あああごめん柳生っ」
「いえこれくらいなら平気ですよ」

しかし彼女はクッキーを踏み潰した足を退けることなく、そのままぐりっと捻りを加えました。

「え、ちょ」
「ほんとにごめんね柳生」

ぐりぐりぐり。彼女は足を退けることなくクッキーを踏みにじります。ばきばきとクッキーの砕ける音がよく響いてきますね、もう原形留めてないんじゃないですかそれ。クッキーに何か恨みでもあるんですか貴女。そしてクッキーを拾うために屈んだ私のこともたまには思い出してください。
ようやく足を退けた彼女は、クッキーというか恐らく既に砕けて粉になっているそれをひょいと拾い、そのまま私に差し出しました。

「柳生が優しくて助かったよ、これくらい平気なんだよね?改めてはい、これお土産」

こ れ を 食 え と 。
私が平気と言ったのは不慮の事故で踏み潰してしまったクッキーであって、こんな踏みにじってぼろぼろになったクッキーではないのですが…いや紳士たるもの女性を悲しませるわけには、目の前で「いらないの?」なんて小首を傾げる女性の期待を裏切るわけにはいきません。頑張れ私の表情筋、笑顔を作れにこやかな笑顔を作るんだ…!

「あ、りがとうございます…」

引き攣っていないことを祈りながらクッキーを受け取り、じゃあねと手を振る彼女を見送ります。どうしましょうこれどうやって食べたらいいんでしょうか。

「あ、ねえ柳生」
「?なんですk」

いきなり殴られました。っていうか、え?何故?あ、眼鏡が吹っ飛んでしまいましたね、拾わなければ。

「ごめん柳生、ほっぺに蚊がいたたら」
「そうなんですか、ありがとうございます」

だからと言って眼鏡が吹っ飛ぶほど渾身の力を込めて殴らなくていいと思いますが、まぁ野暮なことは言いません。彼女は善意で、あくまでも善意でやってくれたのですから。ええそうですとも悪意なんて少しもありませんあるわけないですとも!
ひとまず眼鏡を拾おうと屈んで手を伸ばすと、彼女も眼鏡を拾おうとしてくれていたのか私の正面から眼鏡のほうへと移動していて、まぁ要するに

「あ、ごめん柳生っ!」
「…いえ、気にしていませんから」

私の眼鏡へと伸ばした手は彼女に思い切り踏まれていました。

「重ね重ねほんとにごめんね柳生」

そう言いながら彼女は足に体重をかけぐりぐりと捻ってきます。もうこれ、あれだ。わざとじゃないのかこの女。いやそんなわけないそんなわけありませんとも、紳士たる私がそんなことを考えていては紳士失格です。しかしこの女…いやこの人、何がしたいのでしょうか。
ひとしきり私の手をぐりぐりした後、気が済んだのか彼女はそって足を退け、徐にその足を私の顔に、って何するんですか!

「ぶっ」
「あっごめん足が滑った」

嘘つけ故意だろう。
思い切り顔面を蹴られた私は無様にも地面に崩れ落ちてしまいました。くっ悔しい…ビクンビクン!ではなく、一体私を地面に這いつくばらせて本当に何がしたいのでしょうか彼女は。なんかもう疲れたよパトラッシュ…。
現実逃避しているとふと体に重みがかかりました。何事かと思い見ればそこには私の体を踏み付けるクソアマこと財前礼子。もうやだこいつ。
彼女は満面の笑みを浮かべながら私を踏み付け、こう言い放ちました。

「思ってたより反応つまんないね柳生」

もう、だれかこいつ殺してください。