仁王君に次のダブルスについて相談したいことがあると言われたのは今日の朝の話。誰にも聞かれたくないから、ということで屋上を指定されて、私はめったに行かない屋上へ足を運ぶことになりました。
屋上の扉を開けるとさわやかな風が吹いて、それがなかなか心地よい。屋上というのはいいものなのかもしれない、と思った矢先、私は信じられないものを見ることになったのです。
どこからどう見てもバナナ。バナナの皮が堂々と置いてあるのです。何の罠ですかねこれは。ふふふ、そんな安い手にはかかりませんよ。バナナの皮を跨いで一歩を踏み出すとツルッと足が滑った。ま、まさかこれは二段構えのトラップ…!私は頭を後ろからゴンッとぶつけてしまいました。
誰ですかこんなことをしたのは!頭いたたたた、混乱する頭を上げようとすると目の前にスリッパが広がります。どういうことなのか分からない、でもどうやら顔(主に頬)をスリッパで踏まれている。ダメだ全然意味が分からない。見上げるとひらひら揺れるスカートが見えました。あ、スカートの中身も見えました。ススススパッツ…ですと…!?と、いうかこの状況はいったい何なんですか!
「ちょ」 「あ」
今気付きました、というような女性の声が聞こえ、って、いやいやいや人踏んどいて気付かないとかありえないですからね、騙されませんよ私は!
「ごめん気付かなかった」
グリグリ、と離れ際に踏まれる。退けるだけならその動きは必要ないでしょう!
「そ、そうですか…」
しかもこの女性、足を持ち上げません。人を踏むのが趣味なのでしょうか。くっ、怒鳴りたい、何を考えているのですか!と。ですが私は紳士、あくまで紳士です。こんなところで怒鳴るわけにもいきません。ここぞとばかりにスパッツを眺める作業に戻るしか…、
「アレ?もしかしてスカートの中見てるのかなあ柳生君」 「いえ、決してそんなことは。というか足を退けていただきたいのですが」 「パンツじゃなくて残念だったね」 「スパッツこそ至高…、いえですからそういうことでなくて」 「うわあ…変態」
ぐりぐり、と離れ際にもう一度踏まれて足が遠くなっていく。
「紳士と呼ばれる柳生君はスパッツ派で、しかもスリッパで踏まれて喜ぶ変態さんだったなんて…」
はあ、と溜息を吐く女性。なんてことを言うんですか本当、べ、別に踏んでほしいなんて頼んだ覚えもなければスパッツは良いものだと思いますが思うだけであってというかそもそも私は紳士ですよ紳士、そんなこと思うわけないじゃないですか!叫びたい衝動に駆られましたがそんなこと叫ぶわけにもいきません。ぷるぷると私が震えていると、女性も下を向いて震えているのが見えました。
「…ぶっ」
スパッツ見られてもしかして泣いてるのでしょうか、なんて思った私が馬鹿でした。この女性、笑っています。あああ怒鳴りたい!怒鳴りたいけど紳士的に考えてそれは間違っている!
「…す、すごい顔して…ぶっ」
女性は私の顔をチラッと見ると、いよいよ耐えきれなくなったのか屋上の出口へ駆けて行きました。ええ、隠れてるつもりなのでしょうがバレバレですよ、アハハハハなんて大笑いしています。ちくしょう紳士なんて称号もう嫌いです。
「や…、柳生」
仁王君の声が聞こえる。ちょっと仁王君、あなたのせいでとんでもない目にあったんですよ!一言文句でも言おうと見ると、ポーカーフェイスの仁王君が楽しいのを隠しきれないのか口元をニヤリと上げていました。ああなるほど、そういうことですか!
「お、遅れて悪かったナリ…ぶっ」 「いえ、気にしてませんよ」 「ス、スリッパの跡がついとるよ、柳生」
陰に隠れているつもりであろう女性の笑い声が一層響いた。それがスイッチになったのか、仁王君もいよいよ笑い転げまわる。へえ、仁王君そんな顔も出来たんですね。
「で、ダブルスの…ぶっ、話なんじゃが…」 「もうやだこのダブルス」
入れ替わるというのはどうじゃろう、なんて言われて、もちろん断って、おやおやスパッツの件をばらされていいのかと脅されて、とんでもない作戦に付き合わされることになるのを、このときの私はまだ知りません。
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