「これは私一人じゃ完成しないから…」
「…俺で良いのか?」
「何言ってるの!?さな…ぶっ真田にしかこんな…こん…、こんなこと頼めないよ!」
「そ、そうか!ならば俺も全力で当たろう!」

柳生にちょっとした用事があってA組に行くと、よりにもよって財前礼子が教室の前にいた。見つけてしまった瞬間、やっぱり後でも良いや関わりたくないし!と、自分の願望に忠実な行動を取りそうになったが、どうやら財前礼子はこちらに気付いていない。気付かれなければ何てことはないのだ、こちらからわざわざ話をしに行くつもりはないから。

それでも念のため、警戒しなければなるまい。財前礼子をちらりと見ると、予想外なことに真田と話をしていた。
真田が女子と楽しそうに話している姿なんて珍しいのではないだろうか。まあ真田は財前礼子に妙な感情を抱いているようだったし、楽しくなって当然といえば当然か。

財前礼子は財前礼子で、なかなか楽しそうに話をしている。もしかして意外とお似合いなんじゃないかな、なんて暖かい気持ちを抱いた、が、ものの1秒でその気持ちは崩れ去った。


「べーつじんべーつじん、どーこへ行くっ?ビューっと飛んでくべ〜つじんっ、って私が歌った後、続けて真田君が高らかにNh〜って入ってきてね!」


関わるつもりなんて全く、そう全然なかったはずだった。違う、これは違う。俺の口が勝手に動いた。スルーするつもりだったがスルーしきれるわけないだろこんなの!何言ってんだこの女は!

「ねえ、ちょっとそこの」
「あれ?幸村。どうしたの?真田になんか用事?」
「悪いが幸村、今俺は財前と大事な話をしているんだ」
「そうそう、大事な…ぶっ大事な…」

その会話のどこに大事な用件である要素があっただろうか。説明していただきたい、簡潔に、分かりやすく、俺でも理解できるように!

「財前礼子」

やはりこの女、放っておくわけにはいかない。現に、今、真田が危ない橋を軽々と渡ろうとしていた。俺が来なかったら、おそらく真田は全力で「Nh〜」と歌っていただろう。それを見て大笑いする財前礼子が俺には見えた。そんな悲劇は避けられたが、俺には簡単に見えてしまった。良かった、俺がここにいて本当に良かった。ありがとう柳生。

でもこの様子、もしかして今日だけじゃないのでは。本当は、毎日こんなことがあって、着々と真田洗脳計画が行われているのではないだろうか。関わりたくないが、放っておくわけにはいかない。そうだ、財前礼子に説教をしよう。しかしこの授業と授業の間10分では到底時間が足りない。そうだサボろう次の授業。授業よりもっと、もっとなんて言葉じゃ表せないほど大きく大切なことがここにはある。

俺は財前礼子を連れ出すべく、そこらへんの女子なら一発で落ちる営業スマイルを見せる。

「ちょっと話があるんだけど」
「残念ながら私には無くて…」

地面を見ながら心底嫌そうな顔をするな。そしてその後にこちらをちらりと見て俺の営業スマイルに噴出しそうになるな震えるな。俺だっていろいろ限界なのに!このままでは埒が明かない。俺は財前礼子の腕を掴んだ。

「いいから、早く、」
「きゃー」

ひどいぼうよみである。

「何その感情のこもってない叫び声」
「助けてー」
「白々しいよイライラするんだけど」
「財前んんん!」

一方真田は迫真の演技を見せる、あ、違う、これはきっと本気の叫びだ。

「た、助けて真田!」
「ああ!今助ける!!」
「何だよこの小芝居!」

二人ともノリノリである。
そして財前礼子は、一瞬だけ、まるで悪の組織の幹部のような笑顔を俺だけに見せて。
ついにこう言った。

「ビューっと飛んでくべ〜つじん?」
「Nn〜」
「歌うな!」
「にじゅう?」「はっちーごー!」
「!?」

悲劇避けられず。
しかも渾身のツッコミを入れたとほぼ同時に、俺の後ろから二人分の声が聞こえた。仁王と丸井だった。財前と仁王と丸井の三人は、ニカッと笑うとさーっとB組の教室にはけていった。そういえば三人とも、隣のB組の人間だった。

隣のクラスから机をダンッダンッと叩く音が聞こえる。大方財前礼子が笑いを耐えきれなくなっているのだろう。見てないのに、また見てないのに簡単に想像出来てしまった。もうやだ。B組の教室突然爆発しないかなあ。

かなり本気でそう考えていると、隣でぽやーとしてピンク色の空気をかもしだしていた真田が突然口を開いた。

「財前の役に立てただろうか…」
「やっぱりA組の教室まで爆発しないかなあ」



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