晴天の今日、俺、幸村精市はライブツアーの初日を迎えた。
ベストなものを提供出来るよう、今日まで一生懸命練習してきたつもりだ。

音楽が鳴り響き、俺は歌いながら舞台に向かう。黄色い声援を受けながら俺のライブは始まった。会場いっぱいに揺れるペンライトを見て、俺は泣きそうになった。リズムに合わせてペンライトが振られて、俺が手を横に振ると無数のペンライトが同じ方向に横に揺れる。一曲目のサビが終わり、ライブ会場の一体感が高まってきたと思われたそのとき、何か違和感を感じた。何か、何か嫌な予感がする。その答えに気づいたとき、俺はマイクを投げかけた。

最前列のど真ん中で、財前礼子と仁王が無表情でペンライトを振っていた。

それも、縦に。俺が横に振ってるのに。その上リズムが合っていない。一拍、ではなく何だか微妙なズレが起こっている、それも二人とも、違うズレが。っていうか何でいるんだよ!なんで、なんで最前列なんていいとこにいるんだよ!いや違う、そんなことより何で来てんの?別に招待したつもりもないし、ライブのことだって財前礼子と仁王の耳には入らないようにしてたのに!部室でちょっと「ふんふんふんふーんふふんふんふん」って鼻歌歌ってただけなのに!…冷静になれ精市、来てしまったことを嘆いても仕方ない。もう何もかも遅いんだ。百歩譲ろう、譲るとして、ライブに来たならノってこいよ!何なんだよお前ら!

やり切れない気持ち渦巻く中、一曲目が終わりMCに入る。

「今日は幸村精市のライブに来てくれて、ありがとう!」

キャー!とペンライトが揺れてきらきらと輝く。

財前礼子と仁王の二人は直立不動で俺を見つめていた。

だっかーら何でだよ!せめて笑ってくれればいいのに!それはそれでむかつくけど!でも、でもなんで直立なんだよおかしいだろ!何しに来たんだよ!いつもなら言えるツッコミが今は言えない。ここには俺のファンが集まってくれている。こんなところで盛大につっこめば、幸村精市のイメージが崩壊することは間違いない!

俺は笑顔でMCを続けることにした。やめよう。アイツらはいない。そう、アレは幻だったんだ。幻のことを気にかけても仕方ない!ふー、最近練習ばっかりしてて疲れてるんだな、俺。もっと遠くを見ながらMCを、MCを…無理だ!どうあがいても視界の中に二人が入ってしまう。やっぱりアイツら幻じゃない、だって今スケッチブックらしき紙に何か書いてるからね。書ききったのか、財前礼子がスケッチブックの文字をこちらに見せる。

"仁王とのデュエットまだー?"

仁王をちらっ、と見ると人差し指と人差し指をツンツンしてもじもじしていた。今日は単独ライブだから、仁王とのデュエットは歌わない予定だ。仁王のもじもじした様子には少しイラッとしたがスルーすることにする。すると、財前礼子が紙を捲り、また文字を書き始めた。そして、次に俺に見せたその紙には

"私とのデュエットまだー?"

「歌わねーよ!」

ハッ、としたときにはもう遅かった。俺は思わずツッコミをしてしまっていた。な、何を言ってしまったんだ俺は…、ライブなのに、俺、歌わないって…!頭の中が真っ白になる。シーンと静寂が会場を包みこみ、電気が全て落とされ、舞台は真っ暗になる。も、もうダメだ…、完全に終わった…!

俺は舞台に膝をつくと、突然スポットライトが舞台上に当たった。しかしそれは、俺に当たらずに、穴のあいた舞台の上に―――、って、穴のあいた?

一体何が起こっているのかわからず唖然としていると、ピョーンと勢いよく仁王が舞台のそこから飛び足してきた。仁王はブレザー姿にマフラーを巻いている。夏なのにこの衣装。えっ、ちょ、な、まさか…!

「仁王!アルバム発売おめでとう!」
「ネタが古い!」

財前礼子が最前列で叫ぶと観客席が沸いた。おめでとう、おめでとう、おめでとう!湧き上がる観客の声できっと俺のツッコミは、財前礼子に届いてはいない。

「そんじゃ行くぜよ俺の…雅治の一曲目!」

仁王が叫んだ瞬間、ライトが一斉に点いて、同時に俺の真下の床に穴が開いて、俺はそこに落ちた。あーなるほど、こういう使い方も出来るんだこの仕掛け。勉強になるなあ。

キャアアアア!雅治ううう!と響き渡る歓声を聞きながら俺は叫ぶのだった。

「こんなオチありかよ!」






ライブツアーおめでとう