12月4日、朝、晴れ。
さすがに寒い。最近まで暑い暑いって言ってたのが嘘みたいだ。マフラーに顔をうずめて、俺、幸村精市は部室への道のりを歩く。

可愛い後輩の「新しい技見てほしいんで、明日ちょっと早く来てほしいっす!」というメールの前では、早起きなど苦ではない。
ガチャ、とドアノブを回す。お、ちゃんと開いているな。赤也も部長としての自覚が出てきたのだな。ほっこりとした気持ちで、

「おは」

よう、と部室の扉を開けた。瞬間、何かが飛んできた。避けようとしたが間に合わず目を瞑る。

甘い、匂いがした。顔いっぱいに広がる、冷たい感じ。

「ハッピーバ…って、アレ?なーんで幸村?」
「…」

アレ?なーんで部室から財前礼子の声が聞こえるんだ!というか何が起こっているんだ!とりあえず状況判断をするために、目を腕でこする。腕を見ると、ベッタリと、生クリームがついていた。

「…」
「呼び出したのは仁王だったはずなんだけどなあ、あ!もしかしてケーキ投げされたかった?来年まで待ってくれなきゃ困るよ幸村!」

ケーキ投げされて顔ベッタベタにされたい物好きな奴がいるわけないだろ!
言っていることがさっぱり理解できない。どういうことだ。仁王にケーキ投げをするつもりだったのか?

って待て待て待て。その手に持っているものは何だ、何で新しいホールのショートケーキ持ってるんだ。俺あのサイズぶつけられたのかよ!最初から少なくとも二人にケーキぶつける気満々だったんじゃないか!

ぐるぐるぐるぐる考えていると、ガチャ、とドアノブが回される音がした。

「あ!仁王来た!ハッピーバースデー仁王!!」
「誕生日祝う気ねーだろ財前礼子!」

そうか、今日は仁王の誕生日か!って誕生日にコレはないだろ!ああ、仁王ご愁傷様、まさか誕生日にこんなことをされるなんて。ハッ、ってか俺全然関係なかっただろ今回!完全に巻き込まれた!

「おはようさん」

で、なんで仁王は無事なんだよ!おかしいだろ!財前礼子を見ると、振りかぶった右腕がそのままケーキを持ったままだった。

「なんで投げないんだよ!」

当然のツッコミを入れると、財前礼子が珍しく険しい顔でポツリと呟いた。

「仁王じゃない…」
「は?」
「どうしたんじゃ、投げんのか?投げて良いんじゃよ、さあ、早く投げてください!」

あー、なるほど、読めた。この、仁王のナリをした人間は、仁王ではなく。

「ごめんね、柳生の分は幸村にぶつけちゃった」
「幸村君んんんんんあああなたなんてことを…!」

柳生だ。いたよ!ケーキで顔ベッタベタにされたい物好きな奴がこんな近くに!

「ただし財前礼子からのケーキ投げに限ります」
「聞いてない!」
「勘違いされては困りますからね!」

何を勘違いするんだ。それと、ケーキ投げされたい願望がある時点でどうかと思うぞ俺は!
そろそろこの顔についたケーキを洗いに行きたいのに、マフラーを柳生にぐいぐい引っ張られる。首が絞まる苦しい。

「ハハッ、悪かったのう幸村」

トントンッ、と肩を叩かれる。本物の仁王が、無傷でケーキをフォークにさしてむしゃむしゃと食べていた。ぽかん、と思わず俺は固まる。

「柳生の変装までは読めていたけれど…、まさか幸村を使うとは」
「朝からケーキまみれなんてゴメンじゃ」
「ま、まさか赤也のメールは…!」
「はて、なんのことか分からんのう」

すっとぼけた声を出す仁王。間違いない、犯人は、コ、コイツだ…!

「変装した柳生にあえてぶつけず喜ばせず、仁王にぶつけて絶望に叩き落す…、名付けて"誕生日なのに誰も得しない作戦"が台無し!」

違った。コイツ、じゃなくて、コイツら、だ!なんでろくなこと考えねーんだコイツら!

「フフ、私の負けね。ハッピーバースデー、仁王…」
「ありがとさん。ケーキ、うまかったぜよ」
「どういたしまして」

なんでちょっといい雰囲気になってるんだ、なんで握手なんてしてるんだ!なんで柳生拍手なんかしてるんだ!このアホじみたハッピーバースデー企画のせいで、顔にべったり生クリームのついた被害者がここにいるんだぞ!理不尽だ!実に理不尽だ!なんでいつも俺だけこんな目に遭わなきゃならんのだ!と、いうか!

「普通に祝えよ!」