待ちに待った夏休みがやってきた。この夏は忙しくなりそうや。テニスはもちろん、趣味のことでもやりたいことが山ほどある。せやけど、今日はやめや。なんかだるい。夏休みの初日ってことで、せっかく部活も休みになっとるんやし、一日くらい何もせえへん日があってもええはずやろ。時間はまだたっぷりあるんやし。

というわけで、俺は一人、家でだらだらしとった。ソファでごろごろしてみたり布団でごろごろしてみたりした。扇風機に当たってあーって言ったのを録音してみたりもした(いつ何に使うか予定はないけど)。そんな一人の時間を満喫しとったら、ピンポーンとインターホンが鳴った。なんや何の用や、居留守使ったろか。と思っとったら、もう一回鳴った。しつこいな、コイツ。仕方なしに重い腰をあげる。せやけどインターホンの画面を見ると誰もおらん。何やねんほんま。死角に入っとるんやろうか。ま、しゃーないので直接玄関を開けに行くことにする。

「どなた様です」
「あたしあたし!」

か、という文字は声にならなかった。すぐ目の前に白い物体が見えて、俺は反射的に目を瞑る。どうやらその白い物体が俺の顔に貼り付いている。甘い匂い。なんやろか、これは、パイ投げっちゅーやつやろうか。いや、ちゃうな。投げられた訳とちゃう。正面から白い物体を押さえられている。ぐぐぐ、後ろに逃げようとしとるけど、信じられへんことに後頭部まで押さえられとる。つまり逃げられへん。パイ押しつけられっちゅーことか。ってなんやねんそんなん聞いたことないわ!俺にできることといえば、

▼たたかう
動くのだるい

▼どうぐ
だが、てぶらだった

▼にげる
無理や

▼escape
にげると一緒やんこれも無理や

八方塞がり。ご愁傷様俺。それにしても笑い事やなしになんや苦しくなってきたんやけど。息ができてへんわこれ、酸素不足やんな。おまけに逃げられへんしもういやや。アレ?そういえばなんか聞いたことある声が聞こえた気したんやけど、考えろ思い出せ。せやけど結局、俺はそのまま意識を手放してしまった。

どれほどの時間が経ったのだろうか。扇風機のそよ風で俺は目を覚ました。ここはどこや、あ、俺の部屋や。

「お誕生日、おめでとう」

寝転がったままの俺の視界に、礼子サンのええ笑顔が映った。あ、そういえば俺誕生日やったわ今日。すっかり忘れとった。

「ありがとうございます」

簡単にお礼を言えば、礼子サンはまたにっこりええ笑顔で笑った。

「じゃ、またね!」

そしてそう言うと、てくてくと部屋の外に出ていった。何がしたかったんやあの人。体を起こすと、なんや気持ち悪い。何の気になしに、顔に手で触れるとベタ、という感触がした。あ、あ、そういえば、俺、なんでこんなところで寝てるんやって、なんや玄関でパイ投げのような、いやパイ押しつけのようなものに襲われて!慌てて洗面台の鏡を見ると、顔はべっとり生クリーム。押しつけられたのはパイというよりケーキやったらしい。ケーキ押しつけ。こんなんやったの一人しか犯人おらんやん。何ぼーっとして俺お礼なん言うてしもたんや。あああせっかく今日から夏休みやのに最悪や!

顔を洗ってる途中、ニソニソ笑っとる礼子サンの姿を鏡の端で捕らえてしまった。帰っとらんかったんかい!後ろをゆっくりと振り向くと、腹を抱えて笑っとる礼子サン。

「ぶ、か、髪にまだついてるよ」

ほんまにこの人はもう!