柳生が暗黒面(ダークサイド)に堕ちてから数日後のことである。さようなら!なんて良い笑顔で言われて、それからというものの俺は柳生を意識的に避けていた。だが、同じ部活の仲間。いくらなんでも永遠に避け続けるということは出来ない。二人きりにならなければ、と思っていてもどうしてもそういうときはやってきてしまう。
その時、というのは唐突に訪れる。 部室で柳生と顔を合わせてしまった。しかも二人きり。気まずくてさっさと準備をしていると、柳生が突然こんなことを言い出した。
「財前礼子と目が合うとゾクゾクするんです」 「何言ってんの柳生」
指を組んで深刻な顔をしている柳生。その表情をしたいのは俺のほうだ。あ、やっぱり訂正する。今すごくニヤニヤしているぞ柳生。
「何を仕掛けてくるのか、最初は怖くて仕方なかったのですが」 「…まあ、予想しても無駄だって答えが出たしね」
財前礼子を潰す会というものがかつて存在した。会合は週に一回。何があったか報告し合って傾向と対策を打ち出す。会長の俺、幸村精市と副会長の柳生の二人の会で…まあ今や柳生が暗黒面に堕ちたからないも同然の会である。どうして人が増えない。
と、この話は置いておいて。その会合で話し合ったことがある。財前礼子という女は、基本的に予想の斜め上をいくわ、予想通りだったとしても結局斜め上に走っていくわどうしようもない女だ。財前礼子と話すときは、何事も瞬時に判断する能力が問われる、という結論に落ち着いた。ああほんの数週間前のことなのに懐かしい。あのときはまだ柳生も正気だったのに。
「しかし何を言われるのかと思うと」 「…」 「その…、わくわく、してきまして」
眼鏡をかちゃかちゃ上下に小刻みに揺らす柳生。そわそわしても可愛くもなんともないんだけどなあ。イライラしてくるからやめてくれないかなその動き。あああもう本当こいつは駄目だなあ!冗談はそのエロメガネだけにしとけ!
「ちょっと柳生」 「ああ、今度は何を言われるんでしょう、何をされるんでしょう!」 「待て」 「目が合えばニヤリと笑う財前礼子、さあ来なさい!私に言葉をぶつけなさい私に手を出しなさ」 「ストップ!」 「!」 「……はあ」 「…幸村君?」 「ハイ解散!」
俺はパン!と手を叩き、次に部室の扉を勢いよく開いて走りだす。柳生が「幸村君!?」と驚いていたが戻るつもりはない。もう今更何を言っても無駄だこいつ。それってMの扉完全に開いてるよ、と教えようかと思ったけどもう遅いなこれはダメだ。どうして俺が止めたのかも分かってないしな柳生!無自覚でソレなんだもんな!
全く、なんなんだ本当に財前礼子という女は!宗教か!新しい宗教なのか!
短い間だったけどありがとう柳生。そう、柳生比呂士は財前礼子の生贄となったのだ。強い心を持たないと財前礼子は潰せない、それを柳生は教えてくれた。そうしないと、財前礼子の手の内に堕ちるのだと!
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