朝から嫌な予感はしていた。靴紐踏ん付けて転ぶし黒猫は群がってくるしカラスはやたらと多いし道に水を撒いていた爺さんに思い切り足に水をぶち撒けられるは散々やった。だからと言ってこれは予想してへんかった。従姉妹が、また、学校に、遊びに来ている。
小春先輩と一氏先輩と一緒に楽しそうに談笑しているのは間違いなく従姉妹である礼子サンや。ちゅーか何故いる。大阪に来てるのは知ってたけど何故わざわざ四天宝寺に来る。あの人が来るとろくなことがない、具体的に言うとそげぶとかそげぶとかそげぶとか。また変な事吹き込まれる前に逃げるのが懸命やな。そう思った。
変に目敏い従姉妹は俺のことを逃がしてはくれんかった。くるりと振り返りその視界に俺を映すとにこ、と満面の笑みを浮かべて(余談だがあの人があんなに全開の笑顔を浮かべるのは大抵ろくでもないことん考えとる時や)、ふらっと歩いてきた白石部長の腕を引っ掴み(ちょ、何しとんねんあの人!)こちらへ近付いてくる。逃げようにも部長がセットやから逃げられん。まさかあの人俺を逃がさん為に部長を掴んで…?なんて考えとったらいつの間にか礼子サンと部長が目の前に居った。

「光、遊びに来たよー。元気してた?」
「あんたに会うまでは元気でしたわ」
「うっふふ可愛いこと言うねー光君はっ」
「こーら財前、わざわざ会いに来てくれた従姉妹さんにそんなん言うたらあかん
やろ」
「すんません」

白石部長に言われたから渋々謝りはしたけど、ホンマにこの従姉妹は何しに来たんや。またうちのゴンタクレにおかしなこと吹き込む気なんか。

「あ、今日は光に報告があったんだ」

ぽん、と手を打ち言う礼子サン。何や早う言えや。
礼子サンは部長の肩に手を回しぺたっとくっついて、言った。

「光、私あんたの部長さんと付き合うことになったから」

…は?

「何アホなこと言うてんですかあんた、寝言は寝てから」
「寝言じゃなくて本当ですー。ねっ?」
「ん?ああ、ホンマやで財前。安心し、お前の従姉妹は俺が幸せにするから」

いつもの礼子サンの適当な思い付きかと思って否定してはみたけど、部長からも付き合っていると言われた。そのままふたりはお互いにぎゅっと抱き合って、「ラブラブだもんねー?」「なんやホンマ可愛えなお前はっ」なんて砂を吐きそうなやり取りをしている。って言うか、え?ホンマに礼子サンと部長て付き合うとるん?嘘やなくて?なんやそれ、そんなん言われたら、俺は。

「え、ちょ、財前?」

戸惑う部長の声が聞こえたが無視してその場から逃げ出す。瞳からはぼろほろと涙が溢れ出しとった。だからこそ部長は戸惑ったんやろ、俺は部長の前で泣いたことなんてなかったから。けれどこれは、この涙が流れる理由は俺にとっては分かりきったことや。
ばたばたと走って人気のない校舎裏に辿りつき、乱れた息を整えてしゃがみ込む。あー、部長とか皆にみっともない所見られてしもたな。でもまぁ、いきなりあんなん言われて戸惑うな言う方が無理やし、しゃーないわ。

「部長と礼子サンが、付き合うとる…か」

先程カミングアウトされた事実を繰り返すと、ぽろっと新しい涙が零れ落ちてきた。それを乱暴にごしごして拭って、校舎の壁に背を預ける。俺にとって白石部長は尊敬しとる先輩や。頭もええししっかりしとるしゴンタクレ抑えられるし、人間としても出来た完璧な人や。そんな尊敬しとる先輩が従姉妹と付き合うとる。よりにもよって、礼子サンと。

「部長、不憫すぎるんちゃいますか…」

ぽつ、と呟いてまた瞳を擦る。礼子サンと、あの礼子サンと部長か付き合うなんて、信じられん。やって部長にはもっとええ子がおるはずや、よりにもよって礼子サンを選ぶことはないやろ部長…!今まで礼子サンによって齎された災厄やら何やらを思い出すだけで涙が止まらんくなるっちゅーのに、それを尊敬する部長に背負わせるなんて嫌すぎるわ!想像したらまた涙が止まらんくなってきた。え
えい涙よ止まれ!そして部長に、部長にどうか考え直すように言わなあかん!
ごしごしと乱暴に目を擦ってどうにか涙を止めようとしてはみるものの、体に刻み付けられたあれやこれやを部長も体験せなならんと思うだけで徒労に終わる。せやったら想像せないいだけの話やけども、それが出来たら苦労しとらん…!あーもう、せめてハンカチでもあったら良かったわ。擦りすぎて目が痛い。

「財前、そんな擦ったら目真っ赤になるで?」

いきなりそんな声がして、目を擦っていた手を掴まれる。滲む視界の中、目の前で俺の手を掴んでいたのは白石部長やった。

「ぶちょ…」
「ほら、ハンカチ使い。あーもうこんな擦って、せっかくのイケメンが台無しやで?」

優しい手つきで俺の涙をそっと拭い、ぽんぽんと頭を撫でられる。こんな優しい人が礼子サンの毒牙に掛かったかと思ったら余計に泣けてきて、俺は部長にしがみついた。

「ちょ、財前っ」
「部長、考え直してください、まだ間に合いますから、あの人はあかんです、せやから、」

部長にしがみつきながら喚く俺に、白石部長は初め戸惑っとったけど、しばらくしたらまた優しく頭を撫でて「ごめんな」と謝られた。その謝罪を聞いて俺は、ああ部長はホンマに礼子サンのこと好きなんやなって思って、更に悲しくなって涙が溢れてきた。部長不憫すぎる。

「光、光」

わんわん泣く俺の肩をとんとん、と叩いて、礼子サンが話し掛けてきた。どうやら部長の傍におったらしい。

「何すか」
「これ見て」

ずずっと鼻を啜って礼子サンの方を向くと、礼子サンはやたらとデカイ紙を持っとった。そこにはでかでかと、『ドッキリ成功』の文字が。

「…は?」
「ごめんな財前。そんなに従姉妹さん取られるの嫌やったとは思わんくて、悪乗りしたわ」
「いやぁこんな清々しく騙されてくれるとは予想外だったね!」
「けど冗談やから、従姉妹さん取ったりせんから安心し」
「ふふふー久しぶりに光の泣き顔見たけどやっぱ可愛いね!」
「え?…は?」

何やこれどういうことや。ドッキリで礼子サンは性格悪くて部長とは付き合うてなくて俺があいつであいつが俺で、要するに俺は礼子サンに騙されとったわけで。

「〜〜〜っ、礼子サンッ!」
「あっはははは顔真っ赤だよ光、かっわいいー!」
「ええからあんた黙っとれ!」

とりあえず部長が礼子サンの毒牙に掛かったわけやないて分かって安心したわ。
けどまぁ、色々恥ずかしかったので、礼子サンは一発殴る!




(倉井様よりいただきました!)