色々あって俺はとうとう財前礼子に勝利した。何に勝ったんだよとか色々って何だよとか勝負してたのかよお前らとかそういうツッコミはいらない。重要なのは、今俺の目の前で、あの財前礼子が絶望に打ちひしがれ両手を床についているという事実だけだ。ふふふ、やはり俺は神の子、神に選ばれし男幸村精市、俺の勝利は揺るぎないものだったのだ。そもそも今まで財前礼子にしてやられていたの も、俺が余裕を残していたせいに他ならない。本気を出せば財前礼子に勝つことなどこれ程までに容易いことだったのだ。しかし遊びはもう終わり。財前礼子、やはり君は放ってはおけない存在だ。だからここで完膚なきまでに潰させてもらうよ。
「哀れだね、財前礼子」
俯き肩を震わせる財前礼子に声を掛ける。悔しいだろう、屈辱的だろう、しかし俺が今までに財前礼子によって舐めさせられた苦渋はこんなものではない。きっちり返させてもらうことにしようか。
「は?あわび?」
しかし財前礼子は財前礼子だった。この女…誰が今このタイミングで何の脈絡もなくあわびとか言い出すか。仕方ない、きっとこの女は現実を受け止め切れていないのだろう。慈悲深い俺は再び同じ言葉を繰り返す。
「哀れだね、財前礼子」 「あわび?」 「哀れ、だね」 「あわび?」 「哀れ」 「…あわび?」 「あ・わ・れ」 「あ・わ・び?」
この女耳が腐っているのか。丁寧に一文字ずつ区切ってやっているというのに何故聞き間違える。わざとか、わざとなのか。そしてその「何言ってるの幸村意味わかんなーい」とでも言いたげな若干俺を馬鹿にした顔をやめろ勝者は俺で敗者はお前!
こうなったらもう日本語のいろはからこの女に叩き込んでやろうかとか考えていると、突然教室のドアががらりと開く。何事かと目をやれば、そこには我等がテニス部が誇る詐欺師の姿。そういえば君は財前礼子と仲が良かったね、仁王。加勢にでも来たのかい?まったく、俺に勝てるとでも
「はまぐりぜよ!」
思ってるのかい、まで思考は続かなかった。突然何を言い出すんだ仁王、何故はまぐりなんだ、っていうかどういう意味だ。ツッコミがぐるぐると頭の中を巡る。しかしそれが声になる前に第二波が来た。突然教室の、外側に面した窓が開き(あれ、ここって一階じゃないはず)、そこから顔を出したのは真田だった。真田は窓の外からこちら側に身を乗りだし、叫んだ。
「しじみだ!」
何がしじみだよ。お前は米でも食ってろ。しかしそこですかさず教室の、今度は廊下側の窓が開き、そこから赤也が現れ言った。
「あさりですよ先輩達!」
お前はワカメだよ赤也。突っ込むことの出来ない怒涛の流れに呆然と流されるだけの俺だったが、ここに来てようやく財前礼子が肩を震わせているのが泣いているのではなく笑っているのだということに気付いた。ああそうだなお前はそういう奴だったな、っていうかこの一連の流れは何なんだよもしかしてお前が仕込んでたのか、思惑通りに事が進んで満足か財前礼子!突っ込んでは負けだ、それで は財前礼子の思い通りになってしまう、そう思いつつも俺は体の底から沸き上がる衝動に堪えられない。頼むからこれだけは言わせてくれ。
「どうしてそうなるんだよ!」
叫んだ瞬間財前礼子がぶばっと吹き出した。俺は思わず教室から走って立ち去ったが、教室を出ていくときに柳生が何故か椅子の下に伏せているのが見えて、それがやけに印象的だった。
(倉井様よりいただきました!)
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