「ねえねえ柳生!」

名前なんて覚えるつもりはなかったのにもうすっかり覚えてしまいました。ああ忌ま忌ましい!なんで移動教室なんてあるんですか!おかげで廊下で財前礼子に遭遇してしまいました。私一人で歩いていたのなら逃げていたでしょう、全速力で。しかし今私の隣にいるのは真田弦一郎。最近幸村君(と財前礼子に関する傾向と対策を話し合っていたとき)に聞いた話では真田君は財前礼子のことを好いているとかなんとか。人の趣味にケチをつける気はありませんが理解は出来ませんね。
と、そんなわけで例え話し掛けられたのが私だとしても止まりますよね真田君は。呼ばれた私が一人で先に行くのもおかしいですし、渋々立ち止まるしかないですよねクソッ走り去りたい…!氏ね財前礼子…おっとこの話はどうか内密に。

「それってえろめがねなんでしょ?」
「…は?」
「ほら、めがね越しに見える姿は服が透ける的な…、貸して!」
「い、嫌ですよ!」
「なんで?」
「嫌です!」
「…怪しいなーあ」

昼間だというのに不適切な表現があったことを深くお詫びしてください財前礼子!ほら、見てください真田君固まってるじゃないですか!私ももう逃げて良いですか帰らせてください!

「け、けしからんぞ柳生!」
「なんで私なんですか!」
「隙あり!ナイス真田!」

真田君にツッコミをしている隙を狙って財前礼子が私のめがねを奪っていきました。私の力をもってすれば奪い返すことはたやすいですがあくまで私は紳士。笑顔…笑顔で…!

「…えっ」

引き攣る表情と私が戦っていると財前礼子がすでに私のめがねをかけたあとでした。財前礼子は「えっ、嘘…」と小さくつぶやいてそれはもう深刻そうな表情でキョロキョロとしています。ああ、へえ、そういうことですか、まさか、ねえ!

「やだ…本当に透けて見える…!」
「な、なんだと!?」
「変な言い掛かりはよしてください!」
「ばっ、ちょ、柳生近づかないでよ…!あっ」

真田君めちゃめちゃ動揺してるじゃないですか!
近づかないでと言われてもめがねを取り戻さないことにはどうすることもできませんよこれは!慌ててめがねを奪い返して、私はいつもどおり美しくめがねを掛け直す。
めがね越しに財前礼子を見ると、彼女は手を口元に当てて「信じられない…!」と言ったあと、

「えろ…えーろ!えーろ!柳生のめがねはえろめがねー!」
と叫んだ。ちょっと待ってくださいよ、ねえ透けるわけないでしょう!ふと気づくと廊下にいる何人かの疑惑の視線を感じました。違いますからね!これ!ただのめがねですからね!ヒソヒソえ?あの柳生君のめがねが…?とか言わないでください!コソコソしないでくださいいい!

「やだ…この人怖い…」
「柳生…お前」

さりげなく財前礼子を自分の陰に隠す真田君、ねえ、まさか真田君信じてませんよね、目を!目を合わせてください真田君!!

敵だらけじゃないですかこの廊下!誰か!誰か味方は!辺りを見渡すとばっと体を隠す女子生徒たち。ちょ、だから普通のめがねですってふざけるな!慌てているとC組の教室から幸村君がこっちを覗いているのが見えた。ようやく見つけた私の味方!

「柳生…き、君って…」

幸村君まで哀れんだ目で私を見ています。もう、誰も信じられないというわけですね!

「裏切ったのですね!真田君と同じように私を裏切ったのですね!」