マギ | ナノ


白梅なぞる箒木の軌跡に

 そして、幾許かの日が流れ……航海も終わりが近づいていた。途中に度々現れた南海生物も、武器化魔装したアリババの活躍によって退けられ至極平穏な航海だった。今の、今までは。

「重ね重ね、南海生物の撃退をありがとうございます、アリババ様」
「良いんですよ、別に。モテない人間はモテないなりに頑張らないといけないんで」
「根に持って、いらっしゃいますか……?」
「ごめんってば、アリババくん」
「ずっとアリババ殿お一人だけに戦わせるわけにはいきませんから、次は俺も戦いますよ」
「……また泣くんじゃねーの」
「!」
「まあまあ」
「お二人とも。ほら、もう港なのですから……モルジアナ様?」
「なんだか、港の様子が……」

 他愛ないやり取りの中で、異変に初めに気付いたのはモルジアナだった。海岸線を見つめていた彼女の目には、港から煮炊きではない煙が上がっているのが見えた。

「燃えてる?」
「へえ、目が良いんだなお姉さん」
「!?」

 船上という閉ざされた場所で、突如聞こえた不審な声。珂燿は即座に声の主を探るが、怪しい気配は船の中には無い。何処だ、と知覚を広げた時に、海中から一つの影が浮かび上がってきた。
 薄い膜の球体……魔法で造り出された空気の塊のように珂燿には見えた。その球体の中には幼児を背負った少年が立っていた。少年は中空で船を睥睨すると、市場で値引き交渉をするかのような軽い口調で脅してきた。

「これ、良い船だな。さぞかし良いもん詰んでんだろ? 全部寄越せよ」
「何をいきなり」
「何者だ、貴様!」

 護衛の兵士達が槍を構えるが、少年は泰然と、指揮する様に鉤爪の義手を上げる。それに応じて、商船を取り囲むように武装した人間が次々と海中から現れた。

「……俺達は、海賊だよ!」

 宣言と共に、賊が商船に乗り移って来る。海中から現れた船に画かれていた目の模様を見た船長が、海賊達の正体に気付いた。

「「大聖母」の海賊船が、何故このような場所にいるんじゃ!」
「さっさと荷を寄こしなぁ!」

 海賊たちは刃の部分が短い筒に変わったサーベルのような、不思議な道具を持っていた。それをおもむろに兵士に向けたかと思うと、筒の中から人一人を軽く弾き飛ばせるほどの威力を持った水球が放たれた。

「魔法道具……!」

 アラジンは瞠目した。おかしなことであるからだ。本来ならば迷宮にしか無いはずの魔法道具が、これほどの数を海賊という反政府組織が有していることが。
 連携の取れた海賊達の動きと、飛び道具である魔法道具にシンドリアの兵士達は翻弄された。そのような中で海賊に対抗したのはアラジン達だ。魔法を、剣を、拳を武器に海賊達を次々と無力化していく。その様子を見た珂燿は四人で充分だろうと判断し、相手を彼らに任せて戦えなくなった者を船室に逃げるように促した。

「いまの内に早く船内に」
「しかし、あの子達を……」
「主公達でしたらご心配はいりません。あのような輩に遅れを取る方々ではありませんから、皆様こそ早くお隠れに」
「なんだこりゃあ!?」
「! 主公!」

 アリババの叫びに振り返った珂燿の目に飛び込んできたのは、海賊達に応戦していた四人が球体に囚われていた姿だ。海賊の指揮官である少年の魔法道具の能力……自在に操る空気の塊を、白龍達に向けて使ったらしい。
 即座に珂燿は負傷者を放り出して白龍達の元に駆け出したが、追いつくよりも早く四人は海へ落とされてしまった。

「主公!」
「あんた一人になっちまったなぁ」
「…………小僧が」

 もはや船の占拠は終わらせたも同然と笑う海賊が、残された珂燿を揶揄う。
 白龍を追いかけ海に飛び込むべきか迷ったが、珂燿は着衣のままで泳げるほど水練を積んでいない。助けにいっても、逆に救助される側になることは必至だ。飛びこむにしても縄がいる。だが海賊が邪魔だ、この数をどうするか……。筋が浮かび上がる程に珂燿が梢子棍を握りしめた時、海中から馴れ親しんだ魔力の動きを感じた。

「……主公」
「後を追っ…………おいなんだ?」
「オルバ、海が!」
「……ふっ!」

 珂燿はそれを掴もうと、海へ手を伸ばした。
 海中から伸びた樹の枝が真っ直ぐに珂燿の腕を目指し、絡み付く。絡みついた枝から温かく、真っすぐなルフが珂燿の身体を廻った。気功を使い膂力に下駄を履かせた珂燿は足を踏み開き、大物を釣り上げるように一息に枝を引いた。

「なっ!?」
「なんだよあれ!」

 海賊たちの驚愕の声など、珂燿の耳には入らなかった。海面を割って水飛沫とともに現れた案じた人々の姿に、珂燿は安堵する。意志のある生き物のように動く枝が、海に落されていたアラジン達を甲板へと下ろす。
 珂燿の前に、ザガンの力を行使している白龍が着地した。魔力を流し込んだ義手は、東方の伝承にある龍のように異形の形を成している。

「白龍……お前、その腕!」
「言ったでしょう、次は俺が戦う番だって」

 咳込みながら海水を吐き出していたアリババに、白龍は余裕の笑みを返した。そして、傍らに立つ従者の名を呼ぶ。

「珂燿」
「はい、主公」

 白龍の魔力に呼応するように木製の義手が蠢動し、船の木材が芽吹きだす。珂燿も梢子棍を構えた。今までになく、白龍の魔力を身近に感じた。
 海賊たちが動揺を立て直し、攻撃を再開すると白龍と珂燿はほぼ同時に駆けだした。互いに言葉をかけ合わずとも、成すべき事、成せる事はわかりきっている。海賊たちの連携など、それこそ二人の足元にも及ばない。何年も、二人は共に過ごしてきた。互いの癖など知り尽くしている。

「ちくしょう! なんだよこいつら!」
「ビビるんじゃねえ! 「大聖母」の名が泣くぞ、全員で一斉にかかれ!」
「……降龍木蓮衝」

 金属器に触れた植物の力を呼び覚ますザガンの力。大地と生命を司る魔神の力が、再びその片鱗を見せた。白龍の木製の義手にザガンの力が注がれ、脈動する。出来の悪い造物のような見た目の龍が白龍の五指から生まれ、海賊たちに食らいつく。多頭の龍の顎からもれた雑魚掃除が、珂燿の役目だ。
 白龍が造り出す道を、珂燿は軽功を使い飛燕のように駆けてゆく。死角から伸びていく枝も、足場に使った枝が撥ねるように動こうとも恐れる事も無い。有象無象の海賊を梢子棍で打ち払い、回し蹴りを叩きこみ、発頸を撃ち込んだ。不思議な高揚を、珂燿は感じていた。主人から惜しみなく注がれるルフが、身体に漲っていた。ふと、手にしていた棍の気配が変わったことに彼女は気付いた。

「まさか……」

 人の身体を摸してはいるが、正直期待は抱いていなかった。本当になれたのか、と珂燿は梢子棍を探る様に見つめる。そこに宿っている確かな力に、珂燿の身体を喜びとも恐れともつかない震えが襲った。

「終わりだ」
「主、公……」

 白龍が不遜な賊を見据え、制圧を終えようと偃月刀を振り上げた時、船尾の方から険しい制止の声が響いた。

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