西海に浮かぶ瞞しの薔薇の花輪
一度はアクティア王国についたアラジン達だが、再び船に乗りある場所を目指していた……。
「大事な船をお借りします」
「いやなに、ワシらの荷も取り返してくれるのなら、いくらでも貸すとも」
あの後、全員を捕縛出来るかと思われた海賊だが、負傷した船長や兵士らを人質に取られ、まんまと全員に逃げられてしまった。荷も奪われ、船員たちも負傷した中で、アクティア王国海軍の誘導により港に入港出来たはいいが、そこで五人が見た光景は悲惨の一言だった。
海賊達によって略奪の限りを尽くされた港では、未だに消火の終わらぬ火が方々から上がっていた。そして、家を破壊され財を奪われただけではなく、子まで海賊に攫われて泣き果てる母親の姿があった。
強大な軍事力を有しているはずのアクティア海軍が、なぜ海賊の横暴を許しているのか……。それは、近年領土拡大を図るマグノシュタットへの防衛の為に北へ兵を送っているためだという。そのために、今は海軍に兵が不足しているというのだ。だから……。
「子供たちを取り返せないって、どういう事ですか!?」
「奴らの海賊船は先行して逃亡するために、未だに本拠地が見つかっていないのだ。助けたいのは山々だがどうする事も出来ん」
「そんなことって……」
「アリババ殿、大丈夫ですよ。そういう事でしたら、既に手は打ってあります」
「え?」
「……呼び覚ませ「ザガン」よ!」
白龍が石突きを地面に添えるように立てると、そこから魔力を送り込み、とある場所にあるはずのネツメグサの種を発芽させた。とある場所とは勿論、海賊達の隠れ家である。白龍は機転を利かせ、奪われる荷の中に密かに魔力を込めた種を仕込んでいた。離れた場所から発芽させることが出来たのは、偏に植物を操るザガンの能力と、魔力操作を得意とする白龍の合わせ技だ。彼はザガンの能力を見事に使いこなしていた。
そして今、アラジン達はその根を頼りに海賊たちの本拠地へと向かっている最中だった。
結局、本拠地への手掛かりがあろうとも、アクティア海軍は動くことは無かった。貧民たちの為に、動くことを厭ったのだ……。民衆の歎きの中で、声を上げたのはアリババだった。国に見捨てられた彼らを看過出来なかったアリババの声に、アラジンや白龍も賛同した。
アラジンは早速ルフの瞳を使い、船の所有者であり、海賊被害に遭ったシンドバッドと連絡を取っている。白龍と肩を組んでなにやらこそこそと話をしていたアリババは、少し形容しがたい表情を浮かべながら珂燿の方へ近づいてきた。
「あの、珂燿さん」
「はい、なんでしょうかアリババ様」
「白龍の奴、魔装まで完璧に出来ちゃったりしませんよね……?」
「………………」
勿論、白龍の魔装の進捗具合は共に鍛錬をした珂燿は知っているのだが……。
「さあ、どうでしょうか」
「なんで珂燿さんもあいつと同じ事言うんですか!」
「同じ……」
白龍が答えなかったのなら、自分が答えるわけにはいくまい。言葉を濁らせ、同じ、と言われた喜びを珂燿が密かに噛みしめていると、アリババは頭を抱えたようにうなだれた。
「俺、やっぱ才能ないのかなぁ……」
「シンドリア王に言われたのでしょう、魔力の質が変わったせいかもしれない、と」
「だけど……紅玉だって、魔装出来て、シンドバッドさんとやり合ったりしているのを見ると……」
「気に病まれますな。おそらくそれは、東と西の魔力に対する概念の違いの為かと思います」
「? どういう、ことですか?」
「……アリババ様、両手をお借り出来ますか? 掌を上に向けてください」
「あ、はい」
「失礼いたします」
「……!?」
そう言って珂燿はアリババの手に自分の手を重ねると、雑技を披露するようにアリババの手の上で倒立をしてみせた。
アリババは絶句して、思わず自分と珂燿の重なっている手を見た。確かに手に重さ掛かっているものの、せいぜい葡萄酒が入った革袋程度の重量しか感じない。自分の手の上に乗っている珂燿を見て二の句を告げられないでいると、すぐに彼女はアリババの手から下りた。
「これは軽功といいまして、魔力操作の一種です。達人ともなれば宙に浮く事も、天を駆ける事も出来るそうで……」
「どうやって!?」
「さあ、そこまでは。私はせいぜい体重を軽くしたり、動きを早くしたりする出来る程度しか使えませんので」
「程度って……充分のような」
「同じことを、魔法でも出来ますでしょう? 重力を操る魔法……外向きに魔力を使うか、内向きに魔力を使うかの違いが、魔法と気の大まかな違いです。自身の肉体を魔神へと近づける魔装は、内向きと言っていい」
「ってことは……つまり、白龍や紅玉は昔から魔装の鍛錬を積んでたようなもんだってことですか」
「おそらくは。ですから……」
「アリババくん! 珂燿おねいさん! 島が見えたよ!」
アラジンに呼ばれ、アリババ達も船主へと集った。
切り立った崖を持つ孤島へと、ネツメグサの根が伸びている。間違いはなさそうだ。根を島に這わせてみた白龍は、断崖に囲まれた島であり接岸しての上陸は難しそうだと言った。
ならば、手段は一つ……。
「ターバンは頭に巻く物であって、空を飛ぶ物ではありません!」
「あの、珂燿さん……?」
「すみません、こいつ……大の高所恐怖症で」
「高所が嫌いなのではありません! 魔法道具で飛翔する行為が恐ろしいのです!」
「僕は落すようなことはしないさ」
「アラジン様もよろしいのですか!? 足蹴にされたものを頭に再び巻くのですよ!」
「え? うーん……それ、考えた事無かったよ」
煌にも飛行用の魔道具があるが、あの空飛ぶ絨毯も珂燿は大の苦手だった。落ちるかもしれない絨毯のあのふよふよとした感覚。おまけに、珂燿自身は魔力を大地から拝領して動いているのに、その供給を断たれる魔法道具なんて信頼して使えるはずがない。
「……仕方ない、置いていきましょう」
「若君ぃぃぃ! それは嫌ですー!」
「あー……待て待て、白龍。それはちょっと、可哀想だから」
「アリババさん。でも、無理に乗せてしまうのも……」
「あ、そうだ! モルさんに抱えてもらうのはどうだい? それならきっと珂燿おねいさんも安心できるんじゃないかな、ねモルさん」
「そのようなご迷惑をモルジアナ殿におかけするわけには!」
「大丈夫です白龍さん。私は、珂燿さんお一人を抱えるくらいならどうということはありません」
「でも結局空は飛ぶんですよね!」
「お前は希望が言える立場じゃない!」
「あああなんでこんな事にぃぃ!」
……畢竟、成人女性が少女に抱えられているだけではなく、慄きながらしがみついている様子は、少々現実から乖離しすぎていて、少年たちは何も言えなかった。
「飛んでないですよね……」
「飛んでない」
「飛んでないですよね……?」
「飛んでいない!」
明らかに風圧を感じているだろうに、目をつぶって同じ言葉を繰り返していた。白龍が辟易したように珂燿の精神安定につきあってやっている。モルジアナは頭に自分よりかなり大きい女性の象徴を押し付けられて、ちょっと困った。
海賊たちが根城にしている島の上空に辿り着いた所で、アラジンはターバンを翻す。海賊達は白龍が芽吹かせた根を見たようで異変に気付き島の中央に大勢が集っていた。
「こいつら、あの時の……!」
「さあ! ひと暴れといこうぜ!」
「…………あの、珂燿さん、着きました」
ざわめく海賊達の中央に下り立ったアラジン達は、反撃の狼煙を上げた。モルジアナにそっと地上に降ろされた珂燿はよろよろと大地にくずおれて、地の底から響く様な恨み節を呟いた。
「許さぬ……この恨み晴らさでおくべきか……」
「せめて立ち上がってから言え」
白龍は醜態を晒す震え声の従者に、さっさと立てと活を入れる恥ずかしい仕事をする羽目になった。
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