マギ | ナノ


峻嶮たるる鶸の翼賛

 「大聖母」の砦に侵入した五人は次々と襲って来る海賊達に意気阻喪になった。船を襲った海賊も、迎撃に出た海賊も、砦の中で防衛する海賊も、皆年端もいかない子供ばかりだからだ。
 一行の殿にいる珂燿は、横目で追い掛けてくる者達がいないかを確認しながら、白龍の背を追った。

「ここもガキばっかじゃねーか! いったい親玉は何考えてんだよ!?」
「アリババ君、今は奥に進もう!」
「そうですね。出来るだけ賊の相手にせずに、一刻も早く「大聖母」を討ちましょう」

 堪え切れなくなったアリババをアラジンや白龍が宥める。
 「大聖母」の加勢により、広場で縛り上げていた海賊にも逃げられてしまった。「大聖母」の一団はアラジン達を倒す事に全勢力を注いできたのか、中々先へ進めない。出来るだけ戦闘を避けながら、首魁がいるであろう深部を五人は目指す。

「うわっ!」
「アリババさん!」

 死角から飛び出してアリババに刃を向けてきたのは、アラジンよりも幼い子供だった。珂燿が初めて会った頃の白龍より、ほんの僅かに長じている程度の……。

「こんな、小さいガキまで……」

 震える幼子が刃を握るという悍ましい光景を目にしたアリババは、絶句した。
 足を止めた五人の前に恐怖に涙ぐみながら、それでも刃を握る幼子がぞろぞろと。楯になるように、壁になるように出てきた。人の良いアリババ達は賊に刃を向けられない。その代わりに、肉薄した子を白龍が柄で弾くように飛ばして距離を作った。

「急ぎましょう! 珂燿!」
「はい、主公」

 白龍の意図を察した珂燿は気を込めた拳を床に落とす。蜘蛛の巣のように足場がひび割れ、体幹の出来あがっていない賊を転ばせた。そして、殿らしくアリババ達に先に行くように促した。

「先に行かれてください、この場は私がなんとかしますので」
「ですが、お一人では」
「大丈夫ですよ、モルジアナ殿。こいつは子供のあしらいには慣れていますから。俺が保証します」
「そ、そういう問題なのか……?」

 子守り的な意味とはどうにも違うようなものを感じながら、白龍にも促された三人は先へ行こうと走り出すが、聞こえてきた泣き声に再び足を止めた。

「待ってよ! 行かないで! 母さんを殺さないで!」
「スラムで捨てられた僕らを拾って育ててくれたんだよ!」
「な……!?」
「本物のお母さんみたいに! 優しくしてくれた、初めての人なの!」
「……皆様、お早く!」

 起きあがりながら懇願してくる声を、これ以上聞かせるべきではない、と珂燿はかき消す様に大声を出した。逡巡したようだが、無事に遠ざかった足音を聞いて珂燿は幼い賊達に棍を向けた。

「う、う……」

 諦めずに刃を向けてくるが、それらを珂燿は箒で埃を払うように気を込めた一撃を入れていく。泣き落しに絆されるほど、珂燿は海賊の事を知らなければ、知る気も無い。

「どのような事情であれ、若君へと刃を向けた罪は重い」
「ぎゃんっ」
「海賊という奪う生き方を享受し、曲がりなりにも幸福を感じていながら」
「えぐぅ!」
「自らが奪われる立場になって、懇願が叶うと思うな」

 涙を浮かべ血を流し反吐を吐く未成熟な生命。この光景を見たらどちらが悪だと問われたくなるような、一方的な珂燿の攻勢だった。
 だが、一応、広場にいた海賊よりは珂燿の基準で少しは手心を加えていた。子供なのだから軽い一撃で十分という事もあるのだが、後遺症も無くすぐに目覚められる程度の威力だ。

「……他人の財でたらふく食う、か。随分と余裕なことだ」

 全員を昏倒させ終えると、珂燿も四人を追い掛けた。
 白龍と離れた事は心配だが、閉鎖空間では先程のように空中から狙い撃ちされるような事も無いだろう。足場があれば先程のように、モルジアナに狩られることになるのだから。人海戦術に出る辺り、これ以上の手が無いように思える。

「家畜に優しくするくらい、訳も無いことなのに」

 先程の懇願が、珂燿の中で蘇った。昔日の白龍のように、全身で泣きじゃくるからだ。本物のお母さん、と泣いていたが、これが子供に愛情を抱いた者がやる所業かと珂燿は思う。
 家族を持たなかった珂燿は、白龍の為に家族が紡ぐ愛情を懸命に学んだ。だから、珂燿にはどう考えても「大聖母」とやらがこの子供達に愛情を抱いているようには見えない。この巨大な魔法道具を動かすための部品のように扱われているようにしか見えない。家畜とて、愛情を注げば良い働きをすると珂燿は知っている。

prev / next

[ back ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -