When you wake up




夢だったんだ。
気がつけば知らない所にいて、自分が何処の誰なのかも分からない中で見た景色が色のない世界だったから。


夢だったんだ。
「生きている」という感触がないこの世界とは違う、沢山の「生命」で溢れている光景が。


夢だったんだ。
そんなモノクロの世界をいつか綺麗な「色」が塗り替えてくれないだろうかって。





「…誰だ」


「…っ、!」





真っ白な世界。
何もない世界。
急な事で初めは眩しくて細めてしまっていた瞳を開いたその時。
こちらを振り向いたその存在は私のずっとずっと夢だった光景を意図も簡単に叶えてしまった。





「おい」


「……。」


「おい」


「……。」


「てめぇ!聞いてんのか!」


「うえっ?!あ、はい!ロアです!!」





振り向いた彼の赤い瞳と目が合った瞬間。
モノクロだった何も無い無機質な自分の世界に、突然ぶわっと突風が吹いたかのような衝撃を受けた。
赤、紫、黄色…と様々な色が自分のつまらない世界を彩って、それはキラキラとした世界へと変わっていく。

そんな感覚に陥って、すっかり言葉を失って呆けてしまっていたロアが返事をしなかったからだろう。
アルベルがイラついた様子を隠すことなく声を荒らげたことによってようやく我に返ったロアが咄嗟に自分の名前を告げると、アルベルは未だにイラついているのだろう、舌打ちをしながら更にロアに返答を求める。





「チッ…おい、ここは何処だ。」


「えっ、と…た、多分夢の中だと思います!」


「…ふざけてんのか」





アルベルからの質問に、どうにか今度は直ぐに返事をすることが出来たロアだったが、正直その心臓ははち切れんばかりに暴れ回っている真っ最中だった。
そんなのは当たり前だ。画面の中でしか見られなかったアルベルがいくら夢の中だとはいえ自分の目の前に立っていて、しかも自分に話し掛けているのだから。

そんなアルベルは自分の返答を聞いて眉間に皺を寄せているが、まぁ普通に考えたらふざけていると思われる回答をしているのだから仕方がない。
しかしそれも本当のことなのだからやはり仕方がない。
そんなことよりもロアにとってはもっと重要なことがあったのだ。






「……。」


「てめぇ…さっきから何ジロジロと…!」


「…か……カッコイイ…」





…………。






「…………………………………………………は?」







それは…目の前の彼が物凄くカッコイイということ。
正直嘘は言っていないのだが、先程の質問に対してふざけた回答になってしまったのだろうことに不機嫌な様子で眉間に皺を寄せてても、こちらを邪険そうに軽く睨みつけていたとしても。

そう、彼は物凄くカッコイイのだ。
こうやって咄嗟に本音が漏れてしまう程にロアの中では彼が今まで見たことがないと言えるレベルで輝いて見えている。画面で見ていた彼よりも何倍も、何倍だ。

そして咄嗟にその本音をぶつけられたアルベルも流石に呆気に取られてしまったようで、睨んでいたはずの赤く鋭い瞳は丸みを帯びてしまっている。





「っ…うう…!」


「?!…な、何泣いてやがる…っ!」


「だ、だって…!あんまりにもその、カッコイイから…!」


「はぁ?」


「会話出来てるし、目の前で動いてるし…!何か、それを実感したら、うっ、色々込み上げて来たって言うか…うう…やっぱりカッコイイねアルベル…!」





どういう流れだったのか検討もつかないが、突然カッコイイと言われ、それだけにとどまらずとうとう泣きだしながら何故か感動されているアルベルは正直に言って少しだけ目の前のロアをある意味で心配してしまっている。

この女の頭は大丈夫なのだろうか?何故自分の名前を知っているのだろうかと考えるが、その女がこれは夢の中だと言っていたのもあってか、夢の中の女を警戒したところで何の意味もないと判断し、目の前で泣いているロアを取り敢えず黙って眺めることにしたようだ。





「…う、ひぐ……っ!あのっ!」


「……何だ」


「握手して下さ、」


「断る」


「なんで?!」





アルベルが泣きじゃくっているロアを眺めていれば、急にバッ!と真っ赤な顔を上げてよろしくお願いしますっ!と言わんばかりのビシッ!!とした直角90度の姿勢と共にこちらに差し出された手をアルベルは触ることもなく言葉のみで即座に拒否をする。

そんなアルベルに「なんで?!」とショックを隠しきれず大声を上げてしまったロアは次の瞬間しゅん、と項垂れながらもまだだ、まだめげない。





「何処の馬の骨とも知らん奴に近づく阿呆がいるか」


「ロアって自己紹介した…」


「……。」


「…無視…?!」





確かにアルベルの言うことも分からなくもない。
ましてやアルベルの生きている世界では戦争の真っ最中。
夢の中でもこうして警戒をしているのかもしれない。
もしかしたらただ単に面倒な人間認識をされてしまっただけなのかもしれないが。

しかし、ロアとしては今この状況はまたとないチャンス。
突然で最初は驚いたが、ブレアのお陰で「見ている」ことしか出来なかった相手とこうして対面出来ているのだ。
例えそれが「夢の中」だとしても。
そしてこの状況がまた再び訪れるかと言われれば、答えは分からない。
もう二度とこんなチャンスは巡って来ないかもしれない。





「…アルベルー…」


「……。」


「…あのー…」


「……。」


「…うーん…」





もう二度とアルベルに会えないかもしれない。
そしてこれは所詮「夢の中」だ。
きっと目が覚めたらアルベルはこの事も忘れてしまうのだろうし、勿論、自分だって忘れないだなんて保証は出来ない。

それなら、それならば今この瞬間だけでも…と諦めかけていた気持ちを奮い立たたせたロアはこちらを無視するように後ろを向いてしまったアルベルの後ろ姿に向かって声をかける。





「あの、私…!アルベルを初めて見た時に、自分の世界が輝いて見えたの!」


「……。」


「その、何言ってんだって思うかもしれないし、気持ち悪いって思うかもしれないんだけど!えっと、私…毎日同じようなつまらない生活を送っててね、そんな時にアルベルの存在を知って…見る世界が変わったの。毎日が楽しくなったんだよ!」


「…。」


「アルベルの不器用な優しさとか、影では努力してることとか見てる度に…その、私…!アルベルに惹かれていって…!この間だって部下に隠れてプリン食べてたの見て「そんな一面もあるんだ」って思ったし、」


「…おい待て」


「街にいた猫の親子にこっそり餌をあげてたのも見、」


「待てと言ってるだろこのクソ虫!!」




ロアとしてはただこんなにも貴方に惹かれてるんです、だから握手、握手だけでいいんですお願いします!と言った意味で一生懸命に気持ちを伝えようとしたのだろう。
しかしアルベルからすればプライバシーも何もない自分の赤裸々な出来事を話されたのだから焦るのも無理はない。

焦ると言うよりは若干頬が赤い気がするが、ロアにとってはとても良い結果に繋がったのだ。
アルベルが不本意ながらも再度こちらへと顔を向けてくれたのだから。





「!握手してくれるの?!」


「そこじゃねぇ!!何故俺の事をそこまで知っている!」


「え?…あっ!そっか!あー…えっと…なんて言えば…!」


「…てめぇ…まさかシーハーツの回し者じゃねぇだろうな…?これも何かの術か何かか?フン、弱者らしい陰湿な術だ」


「違う違う!私はアルベルの世界にいないし!」


「…どういう意味だ」


「あー!えっとえっと…つまりそのー…!そう!ほら!これただの「夢」だから!現実じゃないから!だから本当に…!その…」





自分の伝えたことがアルベルにとっては自分を怪しむ材料になってしまったらしい。
慌てていたせいもあって素直に言ってしまったが、確かにあんなことを言われれば誰だって不審に思うのは当然だろう。

そんな彼からの疑いの目を何とか晴らそうとこの状況に関して再度改めて説明をすれば、それは面白いほどロアの胸にグサリと突き刺さってしまった。






「……目が覚めたら…忘れちゃう…、だろうから…」


「……。」





目が覚めたら、忘れてしまう。
この会話も、出会えたことも、アルベルは忘れてしまうのだろう。
それに自分だってこの事を覚えていられるのかだって確証は何処にもない。

でも、それでも自分はこの気持ちを形にしたくて、忘れてしまうとしてもここで出会えたことは「現実」として残したかった。
目が覚めたら、また画面越しでしか目の前の彼を見れないのだから。




「……。」


「……へ?」


「早くしろ」




無理矢理するわけにもいかないし、やはり触れるのは諦めよう、同じ空間で出会えただけでも感謝するべきだとロアが身を引こうとした時だった。

ふと乱暴に目の前に差し出された自分よりも大きな手を視界に入れた途端、ロアは間の抜けた声を出して目の前のアルベルを見る。

そこにはそっぽを向きながらもその手はしっかりとこちらに差し出してくれているアルベルの少しバツの悪そうな表情があった。





「…え、え?いいの?」


「早くしねぇと引っ込めるぞクソ虫」


「あっ!待って待って!……っ、…う…わぁ…っ!!」





早くしないと引っ込めると言われ、慌てて咄嗟にぎゅ、とその手を掴んだロアはその瞬間これでもかと瞳を輝かせ、嬉しそうに頬を染める。

そんなロアの嬉しそうな表情を横目でチラリと見たアルベルは思わず目を奪われてしまったのだが、今のロアにはそのことに気づける余裕など皆無に等しかった。





「すご…凄い…!私…アルベルに触れてる…!うわ…うわぁ…!」


「っ…」


「…っ、ふふ…良かった…!ねぇアルベル!」


「…今度は何だ」




ぎゅ、ぎゅう…と嬉しそうに自分の手を握るロアに、それは最早握手とは言えないだろうと思いながらも、あまりに目の前のロアが嬉しそうにしているのもあって手を引くに引けないアルベルはこちらへと顔を向けて名前を呼んできたロアに対し、面倒臭そうに返事を返す。






「ありがとうっ!」


「…っ、」






こんな汚れのない、キラキラとした心からの満面の笑みを見たのはいつだったろうか。

自分の周りからこんな笑顔が消えたのはいつからだったろうか。

生きることだけに必死で明日死ぬかも分からない世界になったのはいつからだったろうか。




戦争という状況の中に立たされ続けて、そんな当たり前の疑問さえ忘れてしまっていた自分に、この疑問を思い出させたその「夢」からゆっくりと目を覚めたアルベルの脳裏に一度どけ響いた、その言葉は






(ありがとうっ!)






明るく響く、元気な女の子の言葉だった。



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