Glow red
「でね!その時にアルベルがね!こう言ったの!「歳食ったジジイは邪魔なだけだ、さっさと帰れ」って!」
「それは少し酷くないかしら?」
「違うよ!それはつまり、「無理はさせられないから後は俺に任せて休んでてくれ」って意味でしょ?」
「?…そうなの?…かしら…?いえ、ロアがそう思うなら、そういうことにしときましょ…」
ロアの少し無理矢理な発言に、え?そうなの?と首を傾げながらも取り敢えずそういうことにするか、と何とか自分を納得させているのはスフィア社の副社長であるブレアだった。
その目の前では、未だに目をキラキラと輝かせているロアが向かい合っているブレアの方へと前のめりになりながら如何にアルベルが優しくて素敵な人なのかと言うことを語っている。
「っ…ふ、ふふふ…!」
「え?ブレア?何でいきなり笑うの?」
「いえ、そのっ…!ふふ、ごめんなさいね。悪気はないの。ただ貴女があまりにも楽しそうに話すものだから…」
突然笑いだしてしまったブレアに対し、何故笑われたのか分からなかったロアは不思議そうに首を傾げてその疑問を投げ掛ける。
それに悪気はなかったのだと謝りながら、それでもやはり笑っているブレアは目の前にいるロアの頭へと手を伸ばして口を開く。
「この前までは毎日をつまらなそうに過ごしていた貴女が…まさかここまで楽しそうに過ごしてくれようになるとは思ってなかったのよ。」
「!…えへへ、ありがと、ブレア。でもさ?こんな話ルシファーには出来ないし、毎日バレないようにするのって凄い難しいんだよ…気が気じゃないって言うか…!」
「そうね、兄さんは勘が鋭いから…今のロアに対しても、そんな考えは可笑しいと断言するでしょうしね。」
「うん…だからね、こんな私を受け入れて、こうやって話を聞いてくれるブレアには本当に感謝してるよ!」
大好きな姉に優しく頭をなでなでと撫でられながら、ありがとう!と満面の笑顔で言うロアに対し、本当に数日前とは大違いだと微笑んだブレアもまた、嬉しそうにどういたしましてと返事をする。
そんな風に楽しそうに笑い合っていれば、ふとエターナルスフィア内のとある映像が目に入ったロアはまるで引き寄せられるかのように画面に目を奪われてしまった。
その画面に映っているのは考えなくても分かるだろうが、どうやらロアが夢中になっているアルベルが修練場の屋上で一人鍛錬をしているようだった。
「うわぁ…やっぱりカッコイイなぁ…!」
真剣に刀を振るうアルベルを画面越しから見つめ、カッコイイと呟きながらうっとり頬を染めているロアのそんな姿を目の当たりにしたブレアはほんの少しだけ目を細めると難しそうな表情になる。
そう、別に兄の考えだって決して間違っている訳では無い。
存在しない筈のデータに惹かれるだけならまだしも、感情を抱いてしまうのは可笑しいのではというその考えが。
しかしそれは、本当に「存在しないデータ」なのだとしたらの話だ。
「…兄さん…」
考え込むようにそう呟き、テーブルの上に置いてある紅茶に手を伸ばしたブレアは、実はここ数日の兄の行動に違和感を覚えていた。
以前よりもやたらとロアの事を気にかけるようになったし、最近ではエターナルスフィアの監視の頻度も大幅に増えたように感じる。
しかもその監視はエターナルスフィア全体では無く、何故かロアが夢中になっているアルベルが存在している「エリクール二号星」のみなのだ。
何より、ブレアにとって一番兄に対して疑問に思ったこと。
それはタイミングだった。
「ねぇ兄さん、何故今になってロアにエターナルスフィアを教えたの?」
「ん?…あの子は小さな時から緑豊かな景色に憧れを持っていただろう?大人になって落ち着いた今ならエターナルスフィアに変な影響を受ける心配がないと判断したからな。」
「変な影響?」
「あぁ。異常にエターナルスフィアの世界にのめり込んだり、あっちの世界に行きたい!なんて言われたら困ってしまうだろう?それに、大人になる為にしなくちゃならない勉強だって沢山あったんだ。エターナルスフィアは、その妨げになると判断していた。」
「確かに、ロアなら勉強を放り投げてずっとエターナルスフィアを眺めていたかもしれないわね…」
「ははは!そうだろう?」
数日前に兄と会話した内容を思い出し、じわりと眉間に皺を寄せたブレアは飲んでいた紅茶をそっとテーブルに戻す。
確かに兄の言っていることは不自然では無かったのだ。
簡単に言えば、妹のように可愛がっているロアの未来を心配して、玩具を与えなかったのだということ。
しかしそれは言葉が不自然では無かった、というのがブレアにとっては正しい見解で、兄の行動は不可解な事が多いのが現状だった。
簡単に言えば、行動が極端過ぎていたのだ。
エターナルスフィアの存在がロアにバレないよう全社員に固く口止めをしていたり、ロアを拾った当時から彼女の身体情報をデータ化して常にチェックしていたり…
そう、明らかに何かが可笑しく、絶対に兄はロアについて何かを隠している。
「ブレア?ねぇ、ブレアったらー」
「……えっ?あ、ごめんなさい。少し考え事をしてて…」
「そうなの?ごめんね…ブレアと話してたのに、ついアルベルが目に入っちゃって…!でも今はお昼寝しちゃってて…」
「ふふ。それで見るのを止め……っ、ロア?!」
「え?」
何故、兄は自分に隠し事をするのか。
兄は何を抱えているのか。
大切なロアをもっと自由にしてあげないのはどうしてか。
どうしたらもっとロアを喜ばせてあげられるだろうか。
そんな考えが右往左往して、頭の中がごちゃごちゃになりつつあった中。
ロアの声でハッと現実に引き戻されたブレアが前を向いた瞬間、それは起きていた。
エターナルスフィアを鑑賞する為のモニターの画面に触れていたロアの指が…
「貴女、画面の中に…!!」
「?何言ってるのブレア…?疲れてるんじゃ…?」
「…え?あ、えっと…いえ…」
ブレアが見えたのは、ロアの指がモニター画面の中に入ってしまっていた光景。
本人はこちらを向いていたのもあって気づかなかったのかもしれないが、確かに、確実に、それは起きていた。
咄嗟に慌ててロアの手首を掴んで引き抜いて直ぐに自分もとブレアは画面に触れてみるが、当然の如く指が画面の中に入ったりなどする訳がない。
「ブレア?ねぇ大丈夫?」
その後、心配そうにしているロアを他所に数秒何かを考え込んでいたブレアは急に真剣な表情を見せると、目の前に座っているロアに向かって空中スクリーンを展開し始めた。
「……予定変更よ、ロア。」
「予定?何の?…っていうかブレア、何か今日可笑しいよ?本当に大丈…」
「ごめんなさい、説明は後。直ぐにでも確認したい事があるの。タイミング良くアルベルくんは今寝ているみたいだし、兄さんも今は会議中。正直これ以上の好条件はないの。ロア、そのまま動かないで。」
「え?え?ごめん、話が全く分かんないし、急に私に向けて空中スクリーンでタイピングし始めて何してんの?」
「貴女のデータを私の作ったプログラムにリンクするの。…よし、いいわよ。問題は無さそうね…!ロア、行くわよ!準備は良い?」
「ねぇごめん何の準備?リンクって何の?!」
物凄い速さで行われているプログラムと並行して教えてもらっている筈の説明が全く理解出来ていないロアがあわあわと慌てている中、そんな事など今は気にしていられないとでも言うように有無を言わせないブレアはロアに準備はいいかとだけ聞いてきた。
まずロアからすればその準備が何の準備なのかも分からない。
「今からアルベルくんの夢の中に貴女をリンクする。直ぐに眠気が来るわよ、さぁ、目を閉じて。」
「……は?え、どういう……こ、」
アルベルの夢に、リンクする?
それは一体どういうことだと聞く間もなく、ぐらりと視界が揺らいでしまったロアはブレアに支えられてソファに全身を預け、気を失うように瞳を閉じた。
「……誰だ、お前は」
そして、次に瞳を開けた時に見えたのは
ずっと、ずっと憧れていた存在の後ろ姿と、
その後、こちらを振り返って見せた…
鋭く光る、強く赤い瞳だった。
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