She is a sister to me





その感情は可笑しいのではないか?

そう言われても何も不思議ではないのかもしれない。
行き過ぎた感情なのかもしれない。


ただお気に入りなだけではないのか?

もしかしたら本当はそうなのかもしれない。
ファンタジーな物語に出てくる登場人物達の中から、特にこのキャラクターが好きなのだと言うような、ただの好みの話なのかもしれない。





「言ってしまえばただのデータだが、どうだ?ロア、私の作ったこの世界は美しいだろう?」


「…デー、タ……」


「…ロア?どうかしたか?」


「……」


「ロア?」





あれから次の日。
少しの間眺めていたアルベルの行動や表情を見て、一般的に考える普通の「好き」とは違う感情を抱いてしまっていたロアは、ルシファーに呼び出されて最上階の社長室へと来ていた。

しかし、兄のように慕っているルシファーを前にしても考えてしまうのはアルベルのこと。
自分と話していても、ずっと上の空のロアの様子を不思議に思ったルシファーが何度か優しくその頭を叩いたことで、やっとロアは意識をこちらに戻した。





「……え?あ、あぁ!ううん!何でもない!…うん!凄い綺麗な景色とか、その中で暮らしている人達とか見てると本当に楽しいよ!ありがとうルシファー!」


「……そうか?お前がそこまで喜んでくれるなら、私にはそれが最高の褒美だな。」


「えへへ。もしかして、用事ってそのこと?」


「ん?あぁ。エターナルスフィアを覗いて見て、ロアがどんな反応をしているのか気になってな。気に入ったのなら良かった。」


「うん!物凄く好きだよ!エターナルスフィア!理想の景色しかないんだもん!見ててとっても……楽しいっ!」





頭の上に手を置かれて慌てて顔をあげれば、そこにはルシファーの顔がドアップに現れたロアは驚きながらも何とか笑顔を浮かべて何でもないのだと誤魔化す。

素直にお礼を言えば、ルシファーほ最初は不思議そうな顔をするものの、ロアにとってとても嬉しい言葉を優しい笑顔でくれる。
そんなルシファーに再度お礼を言って、悪いとは思いながらもエレベーターに乗って社長室を後にしたロアは、まるで肩の荷が降りたかのように崩れ落ちる。





「……っ、言えないよね…こんな気持ち…」





どんどん下へと下がっていくエレベーターの中。
両膝を抱え、目を瞑ったロアの視界は瞼で光が遮られて真っ暗になる。

暗い、真っ暗だ。

そう、まるでそれは電源がオフになっているエターナルスフィアのモニターのよう。



電源を付けなければ、あの世界は色を映さない。
ずっとずっと「黒」だけで、真っ暗な世界のままなのだ。





「私…やっぱり可笑しいのかな…?」





エターナルスフィアを創った張本人であるルシファーは、やはりその全てをデータだと言った。
それが何も間違ってはいないことなのだと、疑いもしていない表情で、こちらに優しい笑顔を向けて。

そんなルシファーに、その考えを否定する言葉を、果たして自分が言っても良いのか?
まず、言ったところでルシファーはどんな反応をする?



驚く?怒る?心配される?
それとも…




「…嫌われたくないもん…」





お前は可笑しい子だ、と軽蔑されるかもしれない。




それは、それだけは嫌だった。

実はロアは、10年程前の記憶が一切無い。
あるとすれば、それは自分の名前と、当時の年齢相当である言葉や文字の読み書きなどの一般的な常識だけだった。

記憶を無くし、気を失っていた自分はスフィア社の前に倒れていたらしい。




それを拾ってくれたのが、ルシファーだったのだ。
知らない場所、知らない人達、知らない機械。
何もかもが分からなくて、どうすれば良いのか検討もつかなかった小さい頃の自分に、あの時のルシファーは安心させるように優しく頭を撫でてくれた。

大丈夫だと、私が着いていてやるからと、何度も何度も優しく笑いかけて。






そんなルシファーは、最早ロアにとっては兄のような存在だった。
勿論、それはルシファーの本当の妹であるブレアのことも同じく姉のように思っている。
彼女もビクビクと怯えていた当時の自分とお風呂に入ったり、絵本を読んでくれたりと、自分を優しく包み込んでくれたのだから。


そんな大好きな兄妹に、この気持ちをぶつけることなんて、怖くて出来るわけがない。








「………え?ロア…?」


「……っ、?…!あ…ブ…ブレア…!」


「何で泣いて…!兄さんに何か言われたの?!」


「え?違う違う!ちょっと具合が悪くなっちゃって!」


「……本当に?」


「本当だよ!でももう大丈夫だから心配しないで?私はこのまま自分の部屋に戻るからさ!」






考え事をしていて、どうやら自分は目的の階へと到着したことに気づかなかったらしい。
勝手に扉が開いたのは、運悪くエレベーターを使おうとしていたブレアがボタンを押して待っていたから。

よりにもよって、何故こんな時にブレアと鉢合わせてしまうのだろうと思いながらも、逃げるように誤魔化してその場を離れようとしたロアだが、その手はパシリとブレアに掴まれてしまう。





「貴女、私に対して嘘が通用すると思ってるの?」


「え?!う、嘘なんかついてな…!」


「あらそう?今にも泣きそうな顔をしておいてそのセリフ?……それとも、私には言えないことなの?」


「…それ、は…!!」


「…はぁ、分かったわ。取り敢えず部屋まで一緒に行くから。別に私の用事は急ぎでは無いし。…良いわね?」


「…う、うん…ありがとう…。」




自分の手を掴んだブレアの態度はとてもハッキリとしたもの。
しかしそれでいてとても悲しそうな表情を見せていたことに気づいたロアは、そんなつもりは一切無かったものの、結果的にブレアを傷つけてしまったのだと罪悪感に襲われる。

どうしよう、本当にどうしたら良いのだろう?
ブレアに、本当の姉のように優しくしてくれる大好きなブレアに、この気持ちを何て伝えれば良い?

ブレアに手を引かれ、俯きながらそんな事を考えていれば、自室までの長い廊下はあっという間に通り過ぎてしまっていた。




「…さぁ、ロア、着いたわよ。…取り敢えず座りましょ。」


「…うん…」


「……あのねロア。これは私の勝手な我儘なのかもしれないのだけれど…」


「…何?」





入り口のロックを外し、無機質な白いソファへとロアと共に腰を降ろしたブレアは、やはり泣きそうな表情をしているロアの両頬にそっと両手を添えると、優しい表情をロアに向け、その不安そうに揺れている青紫色の瞳を迷いのない気持ちで真っ直ぐに見つめた。





「私はね、確かに血は繋がっていないけれど、貴女を本当の妹だと思っているの。」


「!…ブレア…」


「大切な妹がそんな顔をしているんだもの。心配したり、力になりたいと思うのは姉として当たり前じゃない?……それとも、やっぱりこの考えは、私の我儘なのかしら?さぁロア。答えて頂戴?」


「……う、……ふぇ…!ぶ、ブレアぁあ…!」


「ふふ。なーに?顔がぐちゃぐちゃのロア?」


「わ、わた…し…!わた…し、ね…っ!!ブレアと、ルシファー…に、嫌われたく、なくて…どうして、も、言えないこと、があったの…!私も、2人が、大好きで、お姉ちゃんと、お兄ちゃんみたいに、思ってたからぁ…っ!」


「!…そう。…それは私や兄さんにとって、もの凄く嬉しいことなのよ?」





だから、話してご覧なさい。

嫌いになるだなんて馬鹿なこと、ある筈無いのだから。

さぁ、勇気を出して。




ロアの瞳からぽろぽろと零れる大粒の涙と同じように、
優しく微笑んでいるブレアの口からはロアにとってとても大きな大きな勇気になる言葉が零れる。







「私に伝えて?ロア、…貴女の本心を。」








棘がぐちゃぐちゃに絡まって、動くことを忘れていた歯車は、ブレアが綺麗にその棘を取り除いてしまった。

カチリ、とスイッチが入ったかのように、
歯車は何も引っかかることなく、すんなりと回りだす。






「アルベ…ル…が、ね…!!」


「アルベル…?…あぁ、あのキャラク、」


「ちが、う!違うのブレア!…アルベル…は、キャラクター、じゃ、ないの…そんなんじゃ、なく…て…!わた、しは…!」


「…うん?」








「アルベル…を、「人」として…好きに、なっちゃったの…っ!」








その気持ちは、その言葉は…

果たして水か、油か。

動き出した歯車は、また止まってしまうのか、



それとも…




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