Take me away
ここは何処だろう…
滲む視界の先で、必死に微笑んでくれている優しいルシファーとブレアの姿を目に焼き付けて…消去プログラムの光に包まれていく中、段々と白くなっていく世界があまりにも眩しくて…アルベルの手を握り直してから思わず目を閉じたんだっけ。
そうだ、目を閉じたんだ。
それからどうしたっけ…?
目を閉じた先は真っ暗で何も無くて、いつの間にか握っていた筈のアルベルの手の感覚がない。
ふわふわと浮かぶような…そうだな…例えると何処まで続いているのかも分からない広い広い星の海を海月のように浮かんでいる感覚。
真っ暗なのに、怖くない。
1人なのに、怖くない。
自分は消えたかもしれないのに、世界ごと無くなってしまったかもしれないのに。
それでもこうして恐怖が一切なくて、色々と思考を巡らせていられるのは…
「…ロア、……おい、ロア」
ずっと…ずっと。
真っ暗な世界を浮かんでいる間にも、ずっと。
何かに抱き締められているような感覚が全身にしていたからなんだろうなって。
そして…何処か遠くから…いや、近くから。
大好きな大好きな人が自分を呼んでくれる声が聞こえてきて…
「…………アルベル………?」
「……やっと起きたか、この阿呆」
「………これ、夢…?」
目を開けたら、ほら。
眩しさはそんなに変わらないけど、消去プログラムの光とは全然違う…何もかもを笑い飛ばしてしまうような、そんな太陽の光を背にした大好きな人が目の前にいるから。
黒と金のグラデーションになったその髪が光を通してキラキラと光っているその光景が妙に安心出来て、もう自分がどうなっているのか、どんな結末になったのかだなんて分かりきっているのに…もう少しだけ今の状況を堪能したくて、つい寝ぼけた振りをしてしまう。
「寝ぼけてんなら起こしてやろうか?」
「…なら、どうやって起こしてくれるの?」
寝ぼけた振りをすれば、それなら起こすだけだと。
どうやって起こすのか聞いている間にもゆっくりと近づいてきていた赤い瞳が…その長いまつ毛が降りると同時に見えなくなってしまえば、途端に感じた唇の温度が優しくて、つい口角を上げてアルベルの首元に両腕を回す。
すると、それを合図にしたかのようにアルベルはずっと抱き締めてくれていた身体をひょいと軽々と持ち上げてくれた。
そのせいで触れていた唇はすぐに離れてしまったが、今はそれよりも横抱きにされた事でよく見えるようになった目の前に広がる「世界」の美しさに目を奪われる。
「……わぁ……!綺麗…!!」
「…まぁ、俺にはこれが綺麗かどうかは知らねぇが……これがお前の「世界」だ」
「……うん……っ!私の…「世界」…私がいる「世界」…大好きな人と一緒にいられる「世界」…そっか…本当に…綺麗だね…っ!」
緑芽吹く木々は風に揺られて音を立て、葉を揺らして同じく緑色の芝生に落ちていく。
その芝生には色とりどりの花が咲き、虫達が飛び、蝶が舞い…空は何処までも青く、遠くに見えるキラキラと輝く海からは魚が飛び跳ねている。
一体この世界は色がいくつあるのだろう?
黒と白、灰色…それだけじゃない。
生きていると感じられるくらいの生命を宿した色達が、沢山…それこそきっと、これから死ぬまで見切れるかどうか分からない数の色が広がって、それだけでもう涙が流れそうになってしまうくらいに心が踊る。
「…といっても、おまえがこれから帰る場所はアーリグリフだからな。知ってるとは思うが、あそこはこんなに緑豊かな土地じゃねぇぞ」
「雪も好きだからいいの!…それに…アルベルがいるならどんな場所でもいいよ?」
「砂漠や火山でもか?」
「それはちょっと考えるけど……え!もしかしてあるの?!なら行ってみたい!!」
「「今度」な」
帰ってきたからこそ、これからずっと一緒にいられるからこそ。
「今度」と約束してくれたアルベルの言葉が嬉しくて、笑ってその頬へと擦り寄れば、まるでそれを見計らったかのように咄嗟に吹いた風が沢山の花弁を空へと舞い上がらせてくれた。
その光景が…まるで自分達を祝福してくれているような、「おかえり」と言ってくれているような、そんな気がして。
思わず目を輝かせて隣にいるアルベルを見れば、そこにはどんな「世界」よりも綺麗で大好きな人の珍しく優しい表情。
「………」
「…あ?何だ、固まって」
「………ううん…アルベルって、やっぱり私の王子様だなって、改めて思っただけ!」
「どう考えても柄じゃねぇだろうがこの阿呆。俺は悪人のが性に合うんだよ」
「私からしたら王子様だからそれでいいの〜!って事で、ほら!フェイト君達を探そ!きっと近くにいる筈だよ!」
どんな物よりも綺麗に見えて、美しく見えて。
大好きで大好きで仕方がない、自分だけの王子様の頬にそっと唇を寄せて。
そのまま元気よく向こうの方を指さして声を上げれば、アルベルは面倒くさそうにため息をつきながらも横抱きにしたままの状態で歩いてくれる。
どうしてこうして生きていられるのか、どうしてここに立っていられるのか。
どうして世界が…エターナルスフィアが、このエリクール二号星がプログラム通りに消去されなかったのか。
歩いている内に聞こえてきた、フェイトやクリフ達の声が段々と近くなっていく間にも、そんな疑問はどちらも口にはしなかった。
どうして口に出さないのか、そんなのはもう分かっているからだった。
勿論、難しい事は分からない、意思がどうとか魂がどうとか。
でも…世界の理のような…そんな哲学的根拠がなくたって、ここに今「生きている」という事実があればそれで良いのだから。
「おーい!アルベル!ロアさーん!」
「フェイトくーん!皆ー!!そっちにいたんだね〜!」
「きゃー!ロアさんいいなぁ!羨ましい!」
「アルベルちゃんやるぅー!!ひゅーひゅー!」
「茶化すなクソガキ」
だって、だってそうでしょう?
「データ」じゃないから消えなかった。
「生きている」から消えなかった。
だからこうして…肌を寄せあって、笑いあって。
手を取り合って、ハイタッチだってなんだって出来る。
そう、なんだって出来るの。
「生きていれば」「存在していれば」なんだって。
これから何をしよう?
色々な景色をこの目で直接見て、美味しい物を口いっぱいに頬張って…ううん、頬張るだけじゃなくて、自分で作ってもみよう。
そしてそれを毎度大好きな人と体験して、大好きな人と色々な物を見ていこう。
「ねぇ、アルベル」
「何だ」
「…これからも、沢山私を連れ出して」
「……何処でも好きに連れ出してやるよ」
この「世界」で…自分が生まれた、エターナルスフィアの中で。
やりたい事が沢山ある。見たいものが沢山ある。
それを全部全部、出来るように。
面白いことも、綺麗なことも、楽しいことも、時には泣いちゃうような事も、沢山沢山経験して、積み重ねていきたい。
ねぇアルベル、だから何度だって連れ出して。
まだ見たことない場所へも、やった事のない経験も。
全部全部、その一つ一つを大好きな君と見て、感じて、思い出にしたいから。
でもそうだなぁ…まずは、まずはね。
「…おじいちゃん…おじいちゃーん!!!」
「?!おいロア!ジジイがぎっくり腰にでもなったらどうすんだ!……はぁ…」
「!ロア…?!!あぁっ、ロア…ロア…っ!!あいたぁっ、!」
アルベルと一緒にカルサアに帰ってね、門の前でずっと待っててくれたおじいちゃんに会うの。
そしてこうしてジャンプして飛びついて…思っていたよりもずっとずっと皺だらけ頬に頬擦りしあえば、「ぎっくり腰になったらどうすんだ」とアルベルに呆れながら怒られちゃうけど。
でもそんな事はどうでもいくらい懐かしくて幸せで…寧ろおじいちゃんと仲良く泣きながら地面に寝転がって、「痛い」って言いながら涙をぼろぼろ流して…それから、それからね。
「っ、ただいま…ただいまぁ…!!」
「おかえり……!よく、帰ってきたのぉ…っ!おかえり、おかえり…っ!!」
「うん、っうん!帰ってきたよおじいちゃん…!!思い出してくれて、また迎えてくれて、ありがとう…ありがとう…!!会いたかった…ずっと会いたかったよおじいちゃん…!!」
「ワシもじゃ…!ワシも…!!忘れていてすまなかった、すまなかったロア…!!だがもう、離さんよ…今度こそ…老い先短くても、その残りの人生全てを使って沢山…沢山思い出を作ろうな…!!話したいことが沢山あるんじゃ…沢山、本当に沢山…!!」
「うん、うん!沢山話そう…?沢山色々なことしよう?これから先ずっと、ずっっと一緒だから…!!」
「ただいま」と「おかえり」を言い合って、沢山約束をする。
決して今まで出来なかった分がそれで埋められる訳じゃない、でもそれでも。
こうして生きていられて、帰ってこれて、同じ世界に存在しているのなら、いくらでも約束は出来て、いくらでも叶うから。
「…えへへ、約束の強さなら、証明してくれる人がそこにいるからね!」
「フン、俺に出来なかった約束があるか?」
「一個もないっ!!」
(アルベ…ル…っ、お願…い)
(…連れ出してやる。)
そう、だから。
大好きな人が、その強さがどれだけ確かなことか、これからも証明してくれるから。
そしてこれからは自分もそれを一緒に証明していくから。
だから、大丈夫。
「またね」と言ったあの時の…二度目の約束だって、いつか絶対に叶うから。
「…お兄ちゃん、お姉ちゃん……私ね、今笑ってるよ、心から…笑ってるよ。…ありがとう…」
もう夢の中でもない。
もうモニターの向こう側でもない。
確かなこの「世界」で、確かな「存在」として。
これからは大好きな人と、大好きな人達と、ずっと。
沢山笑って、沢山生きて、その流れる時の中でいつか、絶対に。
何処かで「また」会えるって、信じてる。
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